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2010年12月11日

故 宮崎建樹様 どうぞ安らかに

2010年11月8日(月)に愛媛県松山市内のご自宅を車で出られたまま行方不明となっていたへんろみち保存協力会代表 宮崎建樹氏が、2010年12月10日午前10時ごろ、松山市に隣接する愛媛県東温(とうおん)市内の山中で遺体となって発見されました。享年75歳。警察では、宮崎様が山道であやまって滑落したとみて調べているようです。

宮崎様は、歩きへんろのための地図も道しるべもなかった1980年代から、分かりにくい場所に道しるべを立てたり、草刈りをしたりといったへんろ道の整備に取り組まれ、またこれまでに立てた道しるべは2千本を超え、次の札所までの距離を示すへんろ石なども100基ほど立てられたとのこと。その活動は、とても素晴らしいの一言では表せられない大偉業であると言えます。

この私も去る2006年6月より区切り打ちでの歩きへんろを始め、足かけ2年をかけて結願するに至ることができました。その間、宮崎様が著された「四国遍路ひとり歩き同行二人」の地図と、道中で何度も目にしたあの赤い道しるべには本当にお世話になりました。助けられました。その功績と貢献に深謝し、心から深甚なる敬意を表するものであります。

宮崎様の最後を思いますと、万感胸に迫るものがあり、誠に痛恨と哀惜の念に堪えません。しかし生あるものは必ず死あるところに向かうものであります。これはこの世に生を受けた誰もが避けることのできない必然の理であって、私はこの現実を悲しんでばかりいるのではなく、静粛に受け止めたいと思います。

宮崎様の功績は、今後何十年、何百年と永遠に語り継がれていくことでしょう。私の人生も宮崎様のような人から愛され感謝され、敬意を表されるようなものでありたいと、またそうあれるように努めていきたいと心新たに思うものであります。

宮崎様、どうぞ安らかにお眠り下さい。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
posted by こうへい at 16:24| Comment(13) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こうへいさんが行方不明の記事を削除したので、発見されたことがすぐ分かりました。

しかし、残念な結果です。予想したくなかった結果です。
まだ欠点もあるが一番頼れる遍路地図発行をはじめ、へんろみちの維持管理の先頭に立たれていた方のようです。遍路地図「・・ 同行二人」には宮崎建樹氏のお名前は記載されていないので今回初めて知りました。残念です。
       合掌

「巡礼路の開拓中に?」ということですが、車、遺体が発見された場所はどちらも、本来の順路から遠く外れたところです。どういうことでしょう? 

第1報は、松山市福見川町で本人の車が乗り捨てられている、ということでした。そして残念な続報が、「東温市」での遺体発見でした。どうも2ヵ所が離れすぎていると思っていましたが、へんろみち保存会のホームページでは、松山市福見川町となっています。


「この山中に真言宗豊山派の寺(無住)があり、そこへ行こうとして道に迷われた可能性が考えられる」との確度の高い書き込みもありました。 あまり深く推測しても根拠が薄いのですが、これからして「へんろ道の開拓」というよりは、昔のへんろ道を調査されていたのではないでしょうか?
昔はへんろ道は多く分岐していたはずです。それが長い間に便利な道が選択的に残って行ったのではないかと思います。 現在、53番円明寺からつぎの今治の54番延命寺までは海岸ルートですが、ここは危険な崖道ではなかったか? そこで現在の317号線に近いルートもあり得たかも知れません。
Posted by よし男 at 2010年12月13日 00:04
◆よし男様
そうですねぇ。確かに本来の順路からは離れ過ぎてるようには思います。事の真相は宮崎様にお聞きしないとわからんでしょうねぇ、、、って無理な話ですが・・・。

でも謎と言えば謎ですね。へんろ道からはずれた山深い、それも人がひとりやっと通れるような山道を、ご高齢にもかかわらず、しかもおひとりで、、、う〜ん。
そう言えばあのあたりで熊や猪が出没したりってことはあるんでしょうかね。捜索には地元の猟友会の方とかも参加されたようですし。山道を歩いているときに熊か猪に遭遇して、あっと驚いてあとずさりした瞬間に山道から足を踏み外されたとか・・・。

まぁ現地では警察による現場検証も始まっているでしょうから、いずれ直接の死因や死亡推定時刻なども明らかになってくるでしょうね。
Posted by こうへい at 2010年12月13日 21:52
ご高齢とは言っても75歳でした。この年齢前後で重装備歩き遍路をしている人も意外と多いです。しかし歩き遍路ルートと異なり地元の人もあまり歩かないルートはヤブになっているでしょう。地図にある遍路道でも分岐している場合、パッと見て見通しが効く道が選ばれるようです。私は地図にこだわり左右から枝が「道」にメチャクチャ突き出しているところも歩きました。足元は「道」とは判別できないほど、崩れた石がゴロゴロしていました。

熊は四国にもいます。数は少ないですが、ひっそり生きているそうです。しかし松山市の奥には、どうでしょうか? イノシシは市街地を除いて至るところにいるようですね。「狩猟禁止区 ただしイノシシを除く」と書いてあるくらいですから。
Posted by よし男 at 2010年12月13日 23:22
◆よし男様
なんか危なっかしい道をガンガン歩かれているようですね。ホンマ、気をつけてくださいよ。何しろよし男さんは重装備なんでしょうから。

やっぱ熊も猪もいるんですか。そうそう、ブログ記事にも書きましたが、37番岩本寺へ向かう道中の「大坂遍路道」でかけ連れした方が、山道に入るなり、熊よけの鈴を腰につけて歩き出したのを思い出しました。
あんときゃ「まさか熊が・・・」てな呑気なことを思ってましたが、その人はけっこう山登りのスペシャリストみたいな方でしたからね。今後は私も鈴を用意していこうかなと思っています。
Posted by こうへい at 2010年12月14日 00:02
こうへいさんがお遍路を始めるきっかけ
私がブログを始めようと思ったきっかけ
見えない力に引っ張られるようで、じっとしていられない。
失くして初めてその存在を感じます。

宮崎さんのことはお遍路について調べているうちに
たくさんの人からの情報で知りました。

保存協力会の地図にどれだけ助けてもらったか
これが無かったら途中でリタイヤした人も多いのではないでしょうか。

四国にもクマはいると聞きました、44番から45番への尾根の道で
鉄砲を持って歩いている人に出合った時に実感しました。



Posted by まねき猫 at 2010年12月14日 10:03
◆まねき猫様
44番から45番への尾根の道とは、八丁坂を登っていくあの道のことですよね。
しかしあの道を鉄砲を持って歩いている人がいるとは、、、。こりゃおへんろには鈴も必需品と言えそうですな。
今さらながらですが、大阪遍路道でかけ連れした方の言葉がすごく胸に重く感じます。
Posted by こうへい at 2010年12月14日 23:09
掬水へんろ館の談話室では失礼をいたしました。

 皆様の前でご紹介できる能力もございませんのでこちらに管見を述べ
させていただくことに致します。

 滅後にどうなるかを示すことは宗教の重要な課題であり、目的の一つ
だったのではないかと思います。したがって各自が信仰する宗教が滅後
をどのように捕らえているかでどこに行くかが決まるのではないでしょ
うか。

 無宗教の場合は一個の物体となりそのまま朽ち果てていくと考えるで
しょう。天国はキリスト教の概念と申しましたが、イスラム教でも天国
という言葉が使われているようです。さて、仏教では輪廻転生という考
え方があり、生前の行いによって地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上
の六道のいずれかに生まれ変わると教えています。どのような生き方を
してきたかでどこに生まれ変わるかが決まるということは、どこに行く
かを自分で選ぶことができないということになります。この輪廻を断ち
切り、西方極楽浄土に生まれることを目指すのが阿弥陀信仰の浄土教で
す。

 ところで弘法大師は、歴史的事実としては承和2年に亡くなっていま
すが、信仰的事実では高野山奥の院で生き続けています。ですからお大
師様の近くで過ごしたいとするなら、奥の院で眠ることが最も近くに居
ることになるのではないでしょうか。奥の院墓地に戦国武将を始めとし
た多くの著名人が眠っているのも同じ思いからなのでしょう。

 高野山の奥の院に新規に墓地を設けることは困難ではないかと思いま
す。しかし、奥の院墓地でも最奥の御廟橋に近いあたりには四国八十八
箇所霊場会による先達物故者供養塔があり、毎年7月に、前年6月から5月
までに亡くなられた公認先達を供養し名を刻んだ銘板が収められます。
霊場会公認先達になればこの場所でお大師さまの近くに眠ることができ
ます。宮崎さまも公認先達だったと思いますので、ここにお名前が収め
られるはずです。
Posted by decchi at 2010年12月15日 12:51
◆decchi様
なるほど。ちょっと目からうろこが落ちましたよ。
いろいろお教えくださって誠にありがとうございます。

私に信仰心があるかどうか、、、う〜ん、ハッキリいってわかりません。それでもうちの神棚と仏壇には、日々の感謝と今後の願いを込めて、毎日欠かさず手を合わせてはいるんですけどね、、、。

でも地獄は仏教にあるんですね。私は天国の対称として地獄を捉えてましたので、、ハイ。天国と地獄です。ま、そういう捉え方事態が、もしかして無宗教なのかもしれません。
ですが、うちの家系はいちおう真言宗ではあります。
Posted by こうへい at 2010年12月15日 21:41
皆さん、熊のことをご心配のようですが、現在四国では、徳島県剣山系に数頭のツキノワグマの生息が確認されているだけです。
イノシシは、どこにも生息しています。ただ夜行性なので、昔はその姿を見ることも滅多になかったのですが、山が荒れた昨今では、昼夜を問わず市街地にまで出没しています。鈴や携帯ラジオが一助にはなるでしょう。
Posted by 伊予の老遍路 at 2010年12月16日 16:01
◆伊予の老遍路様
はじめまして。いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
地元の方の情報でしょうから、より信憑性は高いものと察します。

宮崎様が滑落された、、、といっても、山道に人ひとりが通れるだけの幅があれば、よほど慎重さを欠いていない限り、滑落することは考えにくいですよね。
まして慎重さをもっても滑落する危険が大と判断されるところへ宮崎様が入っていかれたとも考えにくいです。

やはり何かに驚いてバランスを崩された、、、それが熊、、、でないとすれば、やっぱ猪なんでしょうか。目と目が合って、もしも猪がこちらに猪突猛進してきたりしたら、それもコワいですよね。
それ以外には、ドでかい蛇が足元にニョロニョロ現われたとか。でもそれはないか。山中のことですからねぇ。

早く警察の現場検証の結果を知りたいものです。
Posted by こうへい at 2010年12月16日 22:24
伊予の老遍路様

>鈴や携帯ラジオが一助にはなるでしょう。
いいアイディアです。
剣山系だけならへんろコースからやや離れているようです。
熊の頭数が少ないなら、本来はクマに鈴を付けるのが経済的ですが、
歩きへんろも鈴を付けることが多いので、混乱するでしょう。
森や林の中で鈴の音が聞こえたら、へんろどうし、またはへんろと
クマが、双方ともパニック状態になりそうです。
へんろはほとんど白装束です。白い北極クマいないはずなので(徳島
動物園から脱走しない限り)姿も見えた段階ではっきりするでしょう。

でも昔はクマもわんさかいたのでしょうね。シイの実、ドングリだけで
なく、たまには肉も食いたいと、へんろを待ち伏せしていたかも。
Posted by よし男 at 2010年12月17日 13:29
時がたつと、真念さんみたいに語り継がれたり、ゆかりのあるところが「番外札所」として言われるようになったりするのでしょうか?

そんなことより、私も宮崎さんたちの地図や標識のおかげで遍路道を周ることができた者です。それだけに、冥福を祈りたいと思います。多大な努力に感謝しています。
Posted by 3回目終了 at 2012年08月11日 22:15
◆3回目終了様
はじめまして。コメントありがとうございます。
お返事が遅れまして誠に申し訳ありません。

察するところ、お四国を歩いて3回まわられたようですね。
私は1回だけですが、宮崎様にお世話になったひとりとして何かできることがあればしたいなと考えております。

でもそれっていったい何だろうと考えると、やはりそれは世のため人のために尽くす、お役にたつことをする、ことだという考えに至っております。

宮崎様に倣って、お互いに人から「ありがとう」と言われるような自分でありたいものですね。
Posted by こうへい at 2012年08月17日 21:54
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