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2010年05月03日

四国へんろ【174】 郷照寺から高照院へ

(ふぅ、苦しい、、、、もう、動かれへん、、、、)

グッタリと階段に横たわる。すぐ傍を通り過ぎる人目には「何もあんなところで寝なくても・・・」とみっともない姿に映ったことだろう。が、恥ずかしくても動けない。起きようとして起きられない。ただ腹が苦しい。苦しいのだ。

おそらく30分は完全に寝入っていただろうか。ふと目を覚ました。日の光がまぶしい。再び目を閉じる。ふぅ、しんどい。ただ先ほどよりだいぶ落ち着いている。いっときの苦しい峠は過ぎたようだ。

さぁ、いつまでも休んでいるわけにはいかないぞ。行かなければ。私はゆっくりと身体を起こし階段に腰かけた。ヨシ、さっきよりはだいぶマシだ。これならなんとか歩けそうだ。しかし、、、ふぅ、マイッタ、マイッタ。

食べ過ぎて動けなくなるなんて、人の話には聞いていても自分には無縁のことだと思っていた。が、これも貴重な経験である。

私はゆっくりと立ち上がり、再び県道33号線を歩き始めた。しかしまだ腹は重い。その歩みはトボトボである。

しばらくして県道を挟んで左手に何やら大勢の人の群れが目に入った。何だろうと思っていると、それは一軒のうどん屋さんに並ぶ大行列だった。すごい。いったい何人並んでいるんだろう。少なくとも50人以上はいたような・・・。
うどん屋の屋号は「おか泉」。このときは知らなかったのだが、あとで調べてみると、行列のできるうどん屋として有名なところらしかった。

その行列を横目に歩を進める。またしばらくしてふと気づく。アレ、郷照寺は・・・?確かこのへんのはず・・・。

地図を開いて確かめる。シマッタ。途中、郷照寺へ向かう道へ入るのを忘れていて、そのまままっすぐ来てしまったようだ。またまた大ボケである。

そこから地図を頼りに細い脇道を抜け、なんとか78番郷照寺に到着。時刻は13時過ぎ。この頃にはだいぶ腹もおさまって、身体は楽になっていた。

そそくさと参拝納経を終え、次の79番高照院を目指す。へんろ道から再び県道33号線に合流。見上げる頭上に瀬戸中央自動車道が走っていた。その手前からへんろ道は右手の細いところを入っていくようになっている。

が、私はそのまま県道33号線に沿って歩いた。というのは、別にどうでもいいことなのだが、この道沿いにうちの取引先の会社があるのだ。その前を通ってみようというただそれだけのことだった。

このへんは坂出の中心街である。しばらく行くと、おぉ、あった、あったぞ。○○○○株式会社。つい数ヶ月前に出張で訪れたところだ。GWで当然に社屋は閉まっている。そう言えばこの近くの坂出国際ホテルに泊まったよなぁ。しかしこんなところまで歩いてくるとは、、、。あたりをキョロキョロしながらひとり感慨にふける。

そこから県道を右に折れ、へんろ道に合流。どんどん身体も楽になっていき、足取りも快調になってきた。

しばらくして右手に賑やかな一帯が、、、。そこは番外霊場「八十場(やそば)の水」というところだった。清涼な湧き水が絶え間なく湧き出ている。名水のようだ。その脇に名物のところてん屋さんがあった。けっこうなお客さんがそのところてんに舌鼓を打っていた。せっかくなので私も食べてみたかったのだが、うどんでいっぱいの私の胃にはそれが入る隙間はなかった。

取り敢えず看板の横の石塀に腰を下ろして小休止。目の前に賑やかというよりやかましい家族がワーワー言いながらところてんを食べている。もうちょっと静かに食えよと思うのだが、その話している内容がなかな面白い。まわりの人もそれを聞きながらけっこう笑っている。

その家族は間違いなく大阪人。大阪弁でしゃべり倒し、まわりにウケているのがわかると、それに拍車がかかってますますヒートアップしていく。大阪人の悲しい性(さが)である。

しばらくの休憩後、「八十場の水」をあとにした。少しして79番高照院、、、らしきところに到着。そこには神社も並んであって境内も広い。ちょっと場所がわからずに戸惑った。、、、ん?、、、高照院は、、、高照院は、どこ?、、、。

真っ赤な鳥居をくぐって左側に大きな石碑が立っていた。そこには「第79番霊場 天皇寺」と書かれていた。それを見て初めて気づく。へぇ〜、高照院って寺名は天皇寺っていうのか。ふ〜ん。

ココは一般的になぜ院号で表記するんだろう。ちゃんと寺名があるんだから寺名で表記すりゃいいじゃないか、、、。そんなツマランことをブツブツつぶやく。

ふと時計を見た。すでに15時を過ぎている。ここから次の80番国分寺までは約6.6km。普通に歩いても納経締め切りまでにはなんとか間に合いそうだが、また時間ギリギリになりそうだ。

高照院の参拝納経をそそくさと終え、やや急ぎ足で歩き始める。空を見上げると、あんなに晴れ渡っていたのに、今はどんより曇っている。ヤバイぞ。こりゃひと雨くるかもしれないなぁ。

国分寺目指してタッタカタッタカ歩く。そしてJR予讃線の鴨川駅前の橋を渡ったところで、杖をつく右手に冷たいものを感じた。雨だ。来たか。

やがてポツポツ雨が一気にザァーっとやって来た。やべぇ。どこか雨宿りできるところはないか。すると通りをはさんで向うにローソンが見えた。ありがたや。取り敢えずあそこに駆けこもう。私は一目散に走り出した。


posted by こうへい at 13:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この「おか泉」だったと思うのですが私が入ったときは行列はなかったです。

私もここ高照院では戸惑いました。しかし神仏習合の形を失っていない状態なのでしょうね。四国に島流し状態になった元崇徳天皇が崇徳上皇として暗殺されたが、ここにまずは祀られたので明治の神仏分離時後も寺は特別扱いされたのではないかと思います。この鳥居も特殊です。排他的一神教の欧米・中東の人間からすると仰天・理解不能の神仏接近状態です。 寺の名前が天皇寺、そして四国の人が「天皇さん」と呼んでいるので日本の仏教・神道を詳しく知りたくなったきっかけのところです。
Posted by よし男 at 2010年05月03日 23:36
◆よし男様
高照院、戸惑いますよねぇ。本文ではうまく書けなかったんですけど、実はここが高照院だってわかるまでかなりウロウロしたんですよ。

しかしよし男さんは歴史にもお詳しいんですね。
勉強になりました。ありがとうございました。
Posted by こうへい at 2010年05月04日 21:34
高照院は私も同じです、今までのお寺では今治の南光院もあれ?という感じでたが
久しぶりにあれ?が出ました。おさむちゃんでーす、やないけど。
この日は瀬戸大橋の下の公園でも少し横になり、高照院では罰当たりにも
階段を上がって板場(何と言うのか、ほれ、あの、縁側みたいになってる部分)
で横になって爆睡しました。ところてんは納経後と決めていてので、おめざにいただきました。
Posted by まねき猫 at 2010年05月06日 12:44
◆まねき猫様
>高照院は私も同じです、今までのお寺では今治の南光院もあれ?という感じでたが

お仲間がたくさんいらっしゃって私も嬉しいです。(笑)
しかし、南光院って、、?、、南光坊じゃないんですか。 、、、あれぇ〜?(おさむちゃんでーす)

ところで板場に横になって爆睡したというのは、本堂or大師堂の板場だったんでしょうか。 まぁでも咎められなかったのであれば、よかったんじゃないですかね。お大師様はきっと許してくださってると思いますよ。
Posted by こうへい at 2010年05月06日 23:06
あ、そうそう、南光坊です、南光院やのうて、
坊ーっ、しとったけど、い院でねえかい。
爆睡したのは白峰宮やと思います、納経を終えて広い所に出てから、
どこか寝られるところはないか?とそこにあった建物ですから。
Posted by まねき猫 at 2010年05月07日 10:36
◆まねき猫様
>坊ーっ、しとったけど、い院でねえかい。

・・(爆笑)・・・(^Q^)

こりゃやられちまったぜ。座布団10枚!!ええ〜い、持ってきやがれってんだい!!

>とそこにあった建物ですから。

いやいや、よろしおま、よろしおま。それでよろしいんでおます。
私もお腹が苦しくて階段に横になったのは、そこに階段があったからでしたし、ハイ。
Posted by こうへい at 2010年05月08日 00:36
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