☆☆☆義援金寄付ならびに節電のお願い☆☆☆

2010年02月14日

四国へんろ【162】 最後にラッキー

Hさんと別れ、ひとり山道を下っていく。下の車道に出るまでの高低差は約700mもあったが、下りは登り以上に膝への負担が増すものである。しかし痛めたはずの左膝にその痛みをほとんど感じない。ヨシヨシ、いいぞ、この感じだ。ありがたい。

しばらくして下の車道に出、ホッと一息つく。そしてここからはなだらかな下り坂が続く。途中で一度小休止をいれ、67番大興寺に着いたのは12時30分頃。

ちょうどお昼時で腹も減っていたはず、、、。なのに、ここらで昼食を食べた記憶がない。地図を見てもへんろ道沿いにコンビ二のマークもないし、もしかしてこのとき昼食を食べなかったのだろうか。というより、腹減ったぁ〜という記憶さえないのだ。う〜ん・・・。

そして大興寺を出てからも、これといった出来事や目に止まるような風景もなく、ただひとり黙々と歩き続ける。

やがて高松自動車道の高架下を過ぎ、少しづつ周囲の町並みの雰囲気が賑やかさを増していくのが感じ取れた。そしてJR予讃線の踏み切りを過ぎたところに「大平正芳記念館」があり、「ほぅ〜、あのアーウーの大平さんはココ観音寺の出身だったのか。」と頷きながら建物の中や周囲を繁々と見つめる。
(時間もあったので、ちょっと中へ入ってもよかったのだが、あいにくその日は休館日だった。)

その後観音寺市の中心街を通り抜け、財田川にかかる橋を渡る。そして68番神恵院(じんねいん)に到着。時刻は15時頃だったろうか。

この68番神恵院に隣接して同じ境内に69番観音寺があった。当然にその距離は0m。これまで札所間の距離は数十kmというところもけっこうあったため、ココでは二つの札所が一度に参拝できて、なんとなく得した気分になった。

神恵院・観音寺での参拝・納経を終え、これにて今回の年越しへんろ行は無事終了である。途中、ちょっと左膝を痛めたりしたが、取りあえず予定通りの行程を消化できたことに満足しながら、JR観音寺駅までの道のりを気分良く歩いた。

帰りはバスの時間が読めなかったので、バスチケットは購入していない。観音寺から特急で岡山に出て、新幹線で帰阪の予定である。

時節はUターンラッシュの真っ只中。当然に特急列車の指定席はすべて満席だった。そして自由席券を買い、特急列車に乗り込む。自由席も当然のことながら満席である。

やがて特急列車はゆっくりと観音寺駅のホームを離れた。岡山までは約1時間。その間立ちっ放しは覚悟の上で、私はとある座席の背もたれにつかまりながら真ん中の通路に立っていた。

そして観音寺を出て10分ぐらいしてからだったろうか、まもなく次の多度津駅に停車する旨のアナウンスが車内に流れた。すると、私が背もたれにつかまっていた座席の男性がモソモソと動き出し、私の顔を見上げて、ニッコリと一言。

「次で降りますんで、どうぞ。」

男性はそう言ってまだ列車が停車しない内に立ち上がり、立会い客の間を掻き分けて出口のほうへ向かっていった。

私は男性にお礼を言い、突然目の前にできた空席にそそくさと座り込んだ。やがて列車は多度津駅に停車。しかし座っていた客で多度津駅に降りたのは、先ほどの男性だけのようだった。

なんとまぁラッキーなことだろう。最初は周りの立会い客の視線がなんとなく気になり、肩をすぼめて恐縮しながら座っていたが、特急列車のふんわりとした柔らかい座席の感触に、徐々に緊張も溶けていった。

やがて列車は丸亀・宇多津を過ぎ、瀬戸大橋にかかった。あぁ、あの雲辺寺山から見た瀬戸大橋を今渡っているのか。

目を閉じて、雲辺寺山からの遠景を思い出す。そして私は今回の年越しへんろ行をゆっくりと振り返りながら、気持ちよく列車に揺られ、四国をあとにしたのだった。


posted by こうへい at 03:20| Comment(7) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大興寺は「山本町」にあったのでよく覚えています。もしかして
ウチのご先祖はこのあたりに住んでいたかな?って思いました。

神恵院と観音寺は近いとは知っていたのですが、接してあるとまで
は思わなかったので戸惑いました。なに!?ここには大師堂が2つ
もある? そこまで賽銭を集めるのか?ってね。それにしてもこの
ように接近して配置する理由、または配置したいきさつが分かりま
せん。珍しいにも程がある! 
私は隣接の神社も訪れることにしているので琴弾八幡宮にも行きま
した。途中、銭形砂絵を見下ろせる展望台を通りますが、ここに野
良ネコがいました。ものすごく人なつこく、観光客・お遍路さんか
らのエサで生きているのではないかと思いました。なにせ私が片手
に乗せて上に伸ばして頭より高く差し上げても、されるままに怖が
らずにいたのです。慣れたネコでないとこうはいきません。
この琴弾八幡の参道階段も見事なものです。

覚悟の上の遍路歩きとはいえ、街中に来るとホッとしませんか?

 
Posted by よし男 at 2010年02月15日 00:05
神恵院と観音寺が隣接しているのは、下記のような理由らしいです。
「明治政府による神仏分離令により琴弾八幡宮は琴弾神社と神恵院とに分離されることになり、神恵院は麓にある観音寺境内に移され」
出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%81%B5%E9%99%A2
Posted by ネコ at 2010年02月15日 06:33
区切り打ちでの最終日は最寄の駅から予定の電車に乗れるかどうか?
で焦ることの方が多いです。
岡山からの新幹線は次の停車駅が神戸の便は乗換え時間が少ないのですが
私は○○で下車するので、たいてい40分以上の待ちになります。
早く帰ってシャワーを浴びて、節制していたビールを飲みたいのに。
新幹線の自由席は乗客が少なくても、手荷物を座席に置いたりして席が無いことが多いのと、
ザックがかさばるので背負ったまま、デッキに立ってます。
最後まで修行の心を忘れないように、て、自己満足してんねん。
Posted by まねき猫 at 2010年02月15日 10:53
ネコさま
私が隣接する神社も礼拝するのは神仏分離令以前のことを考えて
のことです。分離した神社は多くの場合寺の近くに、または隣接
してありますね。いまさら一体化して元に戻すのは、まず無理で
しょうね。
Posted by よし男 at 2010年02月15日 18:34
◆よし男様
琴弾八幡宮なんですが、私、そのときお参りしてないんですよ。すぐ近くに寛永通宝の砂絵もあったんですよね。
しばらくしてそれに気づきましてね、、、、あぁ、あとの祭り、、(泣)。
Posted by こうへい at 2010年02月15日 21:03
◆ネコ様
なるほど、そういうことでしたか。
わざわざお教えいただいてありがとうございます。
Posted by こうへい at 2010年02月15日 21:22
◆まねき猫様
岡山までの特急は運良く座れたんですけど、岡山からの新幹線はやっぱりいっぱいで座席には座れませんでした。
、、、といっても、新幹線ではハナからデッキの地べたに座り込むつもりにしてましたから、ハイ。

私は四国を離れた途端に修行の心をすっかり忘れとったようです(恥)。
Posted by こうへい at 2010年02月15日 21:25
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