☆☆☆義援金寄付ならびに節電のお願い☆☆☆

2010年02月02日

四国へんろ【159】 民宿岡田にて

椿堂への一本道をてくてく歩く。そして14時頃、無事到着。参拝がてらに小休止を入れる。しかしこの椿堂でも特にこれといった印象もなく、境内のぼんやりとした記憶しかない。残念だ。

下のほうに車道が見える。椿堂を出て少し行くと、その車道に出た。国道192号線のようである。それからなだらかな登り坂を1時間ほどてくてく歩いたところで左手に自販機があった。ここで温かい缶コーヒーを購入し、適当に座れるところを見つけて小休止を入れた。

まったりしながら休んでいると、私の目の前に白い軽トラックが停車し、40代前後の男性が下りてきた。その男性も自販機で何か飲みものを買い、ふと私と目が合って軽く会釈をする。そして男性が私に近づいてきて何気に一言、、、。

「これから民宿岡田ですか?」
「えっ!、、、えぇ、そうです。」

いきなり自分の泊まる宿の名前を言われて、一瞬驚いた。民宿岡田ってそんなに有名だったのか。しかし、この辺のおへんろ宿と言えば民宿岡田しかないわけで、よくよく考えれば特に驚くようなことでもなかっただろう。ただネット上の評判も良さそうだし、けっこう有名であることには間違いないようだ。

さてさて、その民宿岡田まであとどれくらいだろう。モソモソと地図を取り出し確認する。見ると、あと約4〜5kmというところか。ヨシ、暗くならないうちに着くようにしよう。さぁ、行くか。

ヨッコラと立ち上がり、歩き出す。しばらく行くと、右手に赤いへんろ札があった。再び地図を確認すると、ここからへんろ道は山道に入り、境目峠を越えていくコースと、このまま国道192号線をまっすぐ行って境目トンネルを通るコースの2つがあった。もちろん境目トンネルを通っていくほうが、ずいぶんショートカットになるようだ。

ふと辺りを見渡すと、周囲の山々は上のほうがうっすらとした雪景色をしていた。まぁ日暮れも近づいていることだし、ここはトンネルを通っていくが無難か。早く宿にも着きたいし、、、ということで、私はあまり迷わずにトンネルコースで行くことに決めた。

やがて境目トンネルの入り口が見えてきた。トンネルの長さは、855m。けっこう長いなぁ。でもコレを過ぎたら、民宿岡田はもうすぐだ。ヨシ、行くぞと気合を入れ、私はトンネルの中へ入っていった。

そして数分後、トンネルから出てきて私は「おぉ〜っ!」と感嘆の声をあげた。なんと辺り一面、雪、雪、雪。そして雪。そのとき私の眼前には、川端康成の小説「雪国」の冒頭部分「国境の長いトンネルを越えると雪国だった」のそのまんまの風景が広がっていたのである。

いやいやしかし、トンネルに入る前までは雪らしい雪など見かけなかったのに・・・。こりゃ境目峠越えコースで行ってたら、もっと雪深くて大変なことになってたかもしれないなぁ。これにはとにかく驚いた。

雪道となった車道に時折足を取られながら、慎重に歩を進めていく。やがて民宿岡田はこちらみたいな看板を発見。そこから192号線に並行する脇道に入って少し行くと、民宿岡田が見えてきた。そして無事到着。時刻は16時30分頃だったろうか。

玄関を入って「こんにちは〜!」と声をかける。すると、玄関に一番近い部屋の戸が開き、ヒョコっとMさんが満面の笑みで顔を出した。

「いらっしゃ〜い。」
「ありゃぁ〜、Mさん、もう着いてたんですか。速いっすねぇ。」

Mさんはけっこう早めに宿入りしたのか、すでに風呂上りで完全なくつろぎモードに入っていた。そこへこの民宿岡田の名物ご主人であるおじいちゃんが出迎えにきてくれた。

おじいちゃんの案内で玄関左の階段を上がってすぐの部屋へ通された。少しくつろいだあと、風呂へ行こうと立ち上がる。そして脱衣所で服を脱いでいて、あっと思った。

左膝にシップが貼ってある。そうだ。俺は膝が痛かったんだ。痛かったはずなのに、その痛みを忘れていた。このシップ薬が効いてくれたんだろうか。嬉しくなって思わずニンマリ。そしてふと三角寺で出会った地元のハイカーさんを思い出し、改めて「ハイカーさん、ありがとう。」と心のなかで思った。

風呂をあがり、部屋でノンビリ過ごしていると、階下で何やら人の気配がした。もしかしてHさんかも・・・。そう思って私は部屋の戸を開け、身体を乗り出して階段下を覗き込んだ。やはりHさんだった。そしてMさんが私のときと同様に「いらっしゃ〜い。」と声をかけるのが聞こえ、続いて私も上から「いらっしゃ〜い。」と声をかけた。Hさんも階上を見上げてニッコリ。

その日の泊り客は私とMさん、Hさんの3人だけだった。そして夕食の席につき、互いの無事な到着と再会を祝ってまずはカンパ〜イ。
互いのおへんろ談義に花を咲かせ、最初は和やかムードだったのが、お酒も入って徐々に賑やかムードへ。そこへご主人のおじいちゃん、さらにはお手伝いに来ていた女性(確か娘さん?)も加わってきて、夕食の席はおおいに盛り上がった。このときはホントに楽しかった。

そんな楽宴もお開きが近づいた頃、おじいちゃんから雲辺寺へ向かう手書きの地図を渡された。それを元におじいちゃんのレクチャーが始まる。またそれをフンフンとうなづきながらMさんHさんとともに聞き入る。

けっこう酔っぱらった私は、部屋に戻るやソッコーでふとんの中へもぐり込んだ。さ、明日は雲辺寺か。札所の中で一番の高所にあるお寺である。

目を閉じて、先ほどのおじいちゃんのレクチャーを思い返す。そしてまぶたの裏には、あのはるかかなたに見えた雲辺寺山の遠景が浮かんでは消え、浮かんでは消え、、、。そのうち私は深い眠りに落ちていったのだった。


posted by こうへい at 01:12| Comment(7) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
椿堂は本堂の改装中で仮の位置にあるご本尊をお参りしました。

岡田さんは満室で予約が取れず困っていたら、白地荘を紹介されて三角寺から一緒の
ハイカーのおじさん、ご夫妻と私の計4人でお願いしました。
この時はまだ保存協力会の地図には白地荘は載っていませんでした。

迎えのマイクロバスの待つ佐野小学校には岡田のご主人もいてくださって、
翌朝も見送りに待ってくださって登り口の道も案内してくれました。

その後、岡田さんは休業されたのですが、再スタートされたようです。
Posted by まねき猫 at 2010年02月02日 18:50
◆まねき猫様
三角寺から一緒のハイカーのおじさん、、、って、まさか私が出会った人と同一、、、、なわけないか。

本文には書きませんでしたが、岡田さんは、私が行った当時ですが、ご主人の奥様は体調を悪くされていて、その場にはいらっしゃいませんでした。それでお手伝いの女性がいらしてたようです。
おじいちゃんに「お正月でもこうやって営業されてるんですねぇ。」と聞くと、「ワシは休みたいんじゃが、おへんろさんが休ましてくれんのじゃ。」と笑っておられました。
岡田さんはホントにありがたいお宿ですね。私にとって「もう一度泊まりたいへんろ宿」のベスト3に間違いなく入ります。
Posted by こうへい at 2010年02月02日 21:52
私は椿堂の記憶としては大師堂前の香炉が異常に高かったことです。最初知らず香炉より前で礼拝しました。帰りにお寺の人に、あの後の高い位置にあるのは何ですか?と尋ねてハッと気づきました。臼(うす)を利用していたのです。
トンネルの中はせいぜいナトリウムランプだけで暗いですから出口に雪を見ると全く別世界に入ったことになりますね。
雲辺寺をめざすには前日宿泊するのがよいですね。すると岡田屋か、その先の白地荘が宿になるでしょう。私は登山口近くで覚悟の野宿でした。岡田屋さんで白地荘を紹介され車で迎えに来てくれるとのことでしたが歩きの感覚で考えるので10キロ先から迎えに来るとは申し訳ないと半分思いました。あと半分は野宿のスリルと安全工夫のチャンスと思ったのです。
Posted by よし男 at 2010年02月03日 22:45
◆よし男様
私の椿堂での記憶はホントに途切れ途切れなんですよ。それもボンヤリとした・・・。
そんな薄い記憶の情景を何とか文章表現しようと必死に頭をひねったんですが、結局ムリでした(泣)。

まねき猫さんからのコメントにもありましたが、白地荘ってのがあったんですね。よく見ると地図にも載ってましたが、ハハハ、私、気づいてませんでした。

そうそう、よし男さんは野宿されたんですよね。確かけっこう寒い時期にされたと記憶しています。しかしワイルドですなぁ・・・。
Posted by こうへい at 2010年02月04日 00:33
民宿岡田の、オヤジさんを中心とした晩餐時の談笑は、本当に楽しいです。歩き遍路しか泊まらない、それも少なくとも千キロ近く歩いた人(再訪者が多いから、実際には数千キロでしょうが)ばかりなので、話も合うようです。そしてオヤジさんの心配りが嬉しい。
2004年に初めて泊まってから病み付きになり、07年、08年、09年と行き、今年も4月の予約をしました。
Posted by ネコ at 2010年02月05日 15:28
>岡田さんは、私が行った当時ですが、ご主人の奥様は体調を悪くされていて
こうへいさんが行ったのは08年1月ですよね?

岡田さんのお連れ合いは02年にお亡くなりになってます。
http://www.kushima.com/henro/news/0002051.htm

手伝っていた女性は、多分息子さんの連れ合いで、千鶴さんでしょう。
Posted by ネコ at 2010年02月05日 15:46
◆ネコ様
岡田の女将さんは、、、ウムムム、そうでしたか。どうやら私の聞き間違えだったようですね。

ネコさんがそんなに岡田さんにハマっておられたとは知りませんでした。
でもネコさんはおへんろさんじゃないんですよね。
おへんろ宿を経営するということは、年がら年中休みなくおへんろさんにお接待を施しているようなものだと思います。
岡田さんの心配りは、そのお接待以外の何ものでもないでしょう。ネコさんはその優しさに惚れ込んじゃったようですね。

Posted by こうへい at 2010年02月05日 23:12
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