松山自動車道の高架下をくぐり、足取りも軽やかに県道147号線をてくてく上って行く。そして途中のへんろ小屋でまず小休止。それからも快調に歩を進め、やがて横峰寺への本格的な山道となる登り口までやってきた。その登り口の目の前にへんろ小屋があり、ここでも一息入れようとへんろ小屋に入った。時刻は11時30分頃。
再び地図を開く。地図には横峰寺へ続く山道の途中に「路面消失」の文字がある。しかし登り口のところには、そんな注意書きはどこにも見当たらなかった。
そのときふと37番岩本寺へ向かう途中、「そえみみずへんろ道」が通行止めで歩けなかったことを思い出した。そう、あの時はちゃんと通行止めの案内板が立っていた。しかし今この登り口にそんな案内板は立っていない。ここへ来るまでの途中にもそんな案内はなかった。ということは、行けるはず。行けるはずなのだ。
しかしあのメガネのお兄ちゃんの一言も気になった。ここからの山道は果たしてどうなっているんだろう。正直悩んだ。
ここから横峰寺まではほんの1.6kmほどだが、標高差は450mほどもある。かなり急勾配な登り坂が続くんだろう。まだこのへんは雪もなく、それほど寒いという感覚もなかったが、そのうち雪も深まってくるかもしれない。ましてここまで誰ひとり歩きへんろさんには出会っていないのだ。横峰寺に着くまでもずっと一人きりかもしれない。
やっぱり、、、なんだか、、、危険、、、だなぁ、、、。
そんな不安もよぎったが、取り敢えず行けるところまで行ってみて、危ないと思ったらとにかく引き返そう。そう心に決めた。
そしてさて行こうかと思ったときに、ふと脇にある一冊のノートに気づいた。それはよくある旅のノートみたいなもので、中をのぞいてみると、これから横峰寺へアタックするぞといったおへんろさんたちの意気込みがたくさん綴られていた。
その最後の書き込みの日付はよく覚えていないが、つい2,3日前ぐらいの書き込みが確かにあった。そして今日は2008年1月1日。ということは、いま書き込めば、2008年の最初の書き込みは私になる。ふむふむ、そうか。思わずニヤリとほくそ笑む。
そんな単純なことが好きな私である。ということで、なんの迷いもなくペンを持ち、記念すべき2008年第1号の書き込みをノートに残しておいた。特に大したことは書いていないのだけれど。
やがて私は立ち上がり、ヨッシャと気合を入れて、山道に足を踏み入れていった。
険しい山道に顔をゆがませながら必死に登っていく。さすがにキツイ。が、冬場ということもあって、それほど汗をかくこともない。真夏に登った焼山寺に比べれば、ずっと楽な気がした。
しばらくして周囲に大きな岩や大木が散乱している地点に来た。おそらく台風被害の残骸なのだろう。このへんから地図上の「路面消失」を示す地点に入るのだろうか。が、足元の山道は再整備された感じではなかった。問題の地点はまだ先なのだろうか。そんなことを思いながら、黙々と山道を登り続ける。
またしばらくして、さらに大きな残骸のあとが目前に広がっているのが見えてきた。そしてそこから本来のへんろ道は完全に塞がれていたのだった。
うわぁ、これかぁ、台風被害の跡は、、、すっげぇ。(思わず絶句)
しかし左へ大きく迂回しながら再整備されたへんろ道が続いていた。ヨカッタ。ちゃんと通れるようになっているじゃないか。ヨカッタ、ヨカッタ。
大きな残骸を横目に見ながら迂回路を進んでいく。しかしまぁここなんだろうな、、路面が消失したというところは、、、。それにしてもすごい。ひどい傷跡だ。台風被害のすさまじさをマジマジと感じて、思わず身震いしたものだった。
やがて迂回路から本来のへんろ道らしき山道に戻った。ヨシ、問題の地点はなんとか越えたようだ。横峰寺までもそれほど遠くないはず。もう少しだ。頑張ろう。
そう気合を入れてまた黙々と山道を登り続ける。その後、ちらほらと雪が舞い始めたかと思ったら、周囲はあっという間に雪景色が広がっていった。
それからちょっとして、前方から一人の男性が山道を下ってくるのが見えた。おへんろさんの格好はしていなかったが、男性はニッコリ微笑んで私に声をかけてくれた。
「こんにちは。横峰寺はもうすぐそこですよ。」
「あ、そうですか。ありがとうございます!。」
何気ない一言だったが、これまでの不安な気持ちを吹き飛ばしてくれたホントに嬉しい一言だった。ありがたや。ありがたや。
そして山道を登り切り、横峰寺の山門前にやって来た。
山門を見上げて、ホッと一息。あぁ来たよぉ、横峰寺。無事に着いたよ、ヨカッタよぉ。
2009年11月03日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/131881887
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/131881887
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック



で、災害直後「通行止め」になっていた期間歩いた記録を調べてみました。
http://sakag.web.fc2.com/henro32.htm
どうやら取り付きの300メートルくらい、沢沿いの部分が酷かったようです。
>しかし特に難儀せず横峰さんに到着したような・・・?
そうなんですよ。よく道を間違える私なんですけどね、、、。f^o^:;)
危険だなぁと思いつつ、慎重に歩いたのがよかったのかもしれません。
冬場でしたから、特に汗もかきませんでしたしね。
>横峰寺への山道は、災害前に三回、災害復旧後に三回歩いています。
ナントナント、そうですか。さすがはスーパー健脚ネコさんですナ。
>「過去300年の間落ちなかった岩が限界に達して転がり落ちて」みたいなところはないでしょう。
いやいや、そんなことはないんじゃないですか。実際に土砂崩れで山道がふさがれてたんですからね。ネコさんもご覧になったんでしょ?
あれこそがその傷跡そのものじゃないかと思いますけどねぇ。
地図上て密林みたいに見えることと、この地は石鎚山登山時に
必ず通過するところと地元の人に聞いているので本格的登山と
切り離して考えにくいからです。できれば石鎚山まで行きたい
ともくろんでいますが、地元の人たちと一緒でなければ危険で
しょうね。
>「国土地理院の地図」には細かい道も表示してあるのでしょうか?
>私は最近細かい道も表示してある「昭文社 都市地図」を携帯して
書き込みを見落としていました。「昭文社 都市地図」は本物を見たことがないので詳細は判りませんが、製作コンセプトが「都市で商店やビルを探す」ことにありそうです。遍路歩きとはちょっと違うような。「国土地理院の地図」を横峰寺近辺で遍路道に関し赤く書き込んだもの(サンプル図)へのリンクを下記に貼ります。
http://kanekoxj.fc2web.com/tme.gif
ついでに、横峰寺から石鎚成就社までの地図も
http://kanekoxj.fc2web.com/tme2.gif
「国土地理院地図」の長所は、
1.等高線などで地形が読める
2.必要なところだけA4に印刷すれば良く、コンパクトにまとまる
3.唯である
その他、現在地の判定には高圧線なども便利に使えます。2.の印刷に関しては、下記が便利です。
http://tme.yu-yake.com/
こうへい様
貴ブログのコメント欄を借用して、読者同士が交信するのもいかがかと思いましたが、「超常連のよし男様宛なら許されるか?」と甘えてしまいました。不快に感じられたらお詫びします。
よし男さんは、まだ横峰さんには登っておられなかったんでしょうか。どうだったんでしょう。何しろ「抜き打ち」「乱れ打ち」のよし男さんですからねぇ。
◆ネコ様
いえいえ、読者同士さんの交流は別にぜんぜん構いませんよ。ただ最初のネコさんのコメント時に「よし男さんへ」という書き出しがなかったもので、私が勝手にお答えしただけのことですから、ハイ。
ちなみに石鎚山ですが、私も一度登ってみたいとは思っています。
ふぇ〜、しかし最近ですがヤバイくらいに忙しいっす。昨日で終わるはずの日帰り出張がトラブルで今日も終わらず、明日も早朝4時半起きで出かけます。ふぇ〜、、、。
そして来週も再来週も、、、また更新が遅れるかもしれませんが、そういうことで、お休みなさいませ、、、ZZZ。
松山あたりから街中を通る機会が多くなりますからね。
ネコさま、地図の情報ありがとうございました。
今年は腰が重くなり、遍路歩きは中断しています。横峰さんは来年になります。
しかし石鎚山の鎖コースは決して登りません。西日本第一の高い山と聞いているので、なめたら
あかんと思っております。死ぬ前にとの希望です。