☆☆☆義援金寄付ならびに節電のお願い☆☆☆

2009年09月22日

四国へんろ【147】 ないない尽くし

2007年12月31日(月) 6時起床

大晦日の朝。女将さんの見送りを受け、6時30分頃に宿を出た。少し歩くとサンクスがあり、ここで朝食のおにぎりなどを購入。いつもなら昼食分もいっしょに買うところだったが、この先、ところどころにコンビニもあり、その調達にはさほど困らなさそうなので、買わずにおいた。

薄暗い朝もや中、国道196号線をてくてく歩く。寒いことは寒かったのだが、海風が当たらない分、前日ほどの寒さは感じなかった。ということで、ポンチョは着ていない。

約1時間ほどで54番延命寺に到着。ここでの風景だが、ほとんど記憶に残っていない。というか、この日に参拝した6ヵ寺(54番延命寺、55番南光坊、56番泰山寺、57番栄福寺、58番仙遊寺、59番国分寺)のすべてがほとんど記憶にないのである。

それぞれの札所間が比較的近かったこともあったかもしれない。やはり長らく歩いて、やっとこさ辿り着いた札所のほうが、明らかに印象に残っている。

とにかくこの日は、他の歩きへんろさんとも誰ひとりとして出会うことなく、また途中でこれといった珍しい風景も目にした覚えがない。朝食もどこで食べただろうか、、、う〜ん、、、。まさに”ないない尽くし”の一日だったように思う。

そんな中で記憶にある風景は、58番仙遊寺を打ち終えて、次の59番国分寺へ向かっているときのこと。仙遊寺を打ち終えたのが、11時過ぎだったので、ちょうどお昼前の時間である。

さて昼メシはどうしようか。地図を見ると、59番国分寺の手前にサークルKがある。まぁここで調達しようか。、、、と、当初はそう思いつつ歩いていたのだが、仙遊寺の山を下り、まっすぐに来てJR線の手前を右折し、JRの踏み切りを渡ろうとしたとき、ふと一軒の喫茶店が目に入った。「喫茶千羽鶴」とある。見ると、ちょっとした定食も食べられるような看板があった。

今日は、昨日ほどではないにしろ、寒い一日には変わりなく、そのとき私の身体はそうとう冷え切っていた。コンビニのおにぎりを外のベンチで震えながら食べるより、温かいところで温かいものを食べたい。そうしようかということで、私は喫茶千羽鶴の扉を開けた。

店内はおそらく、10人も入ればいっぱいになるような小ぢんまりとした感じで、カウンターの中ではやや年配の女性(いわゆる女将さん)が一人で切り盛りしているようだった。私が店内に入ったとき、その店の常連客らしい人がひとりいて、女将さんとカウンター越しにおしゃべりに夢中だった。

そして私はテーブル席につき、何か定食の注文を入れた。やがてその常連客は帰っていき、客は私ひとりになった。そこへ女将さんが「ハイ、どうぞ、寒いのに大変ねぇ」と言いながらテーブルに御膳を運んできてくれた。それを食しながら女将さんとしばらくおへんろ談義。

定食を食べ終え、食後のホットコーヒーを注文。そして何げにかかっていたTVに目をやると、何やらおへんろ番組をやっていた。それはお笑い芸人と一般の少年が小豆島88ヵ所をまわるという番組だった。

その番組を女将さんといっしょに見ながらまたペチャクチャとおしゃべり。ホットコーヒーのお替わりを注文し(これはお接待だったような・・・)、その番組を最後まで見終えて、結局1時間以上もその喫茶店で過ごしてしまった。

身体もじゅうぶん温まり、精算してさぁ行こうと立ち上がる。その際、女将さんからたくさんのおへんろさんとご縁がありますようにと、5円玉をあしらったお守りをいただいた。このお守りは、女将さんが、おへんろさんが来店するたびにお接待としていつも渡しているものらしかった。

喫茶千羽鶴から59番国分寺へ。そして国分寺を出たのが、14時30分頃。その後、道の駅今治湯ノ浦温泉で休憩を入れ、辺りが暗くなり始めた頃、今日の宿である敷島旅館に着いた。

この旅館にいつ予約を入れたかも覚えていない。泊り客は私ひとりで、大晦日にもかかわらず、宿の女将さんは夕食もちゃんと用意してくれた。ただその夕食が、お味噌汁もお魚もかなり冷めていたのはご愛嬌だったが、私ひとりのためにこれだけ用意してくれたことに感謝しつつ、ありがたくいただいた。

敷島旅館の女将さん、ホントにありがとう。そしてごちそうさまでした。


posted by こうへい at 03:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
特徴ある建造物としては頭上にある「しまなみ海道」の高架道路。瀬戸大橋が実現するというので大いに期待していたら、今治市は素通りするので大いに失望したとは市民の怨嗟(えんさ)の声。札所は仁王門、鐘楼、大師堂、本堂があるのが標準形ですので、特徴がないと後日思い出すことは難しいかも知れません。私も混乱してインターネットで調べることがあります。とはいえ南光坊は今治市のド真ん中にあるので忘れ難いと思うのですが? ここは昔一体だった(?)別宮大山祇(オオヤマズミ)神社が隣にあり黒住教、高野山今治別院もあって日本的に「仲良く」共存していますね。56番泰山寺、57番栄福寺、59番国分寺も特別なものはないようです。58番仙遊寺は正規のルートは森の中の急階段だったようです。 しかし敷島旅館の予約がよく取れましたね、大晦日なのに。たいていはいそがしい年末の最後の仕事を片付け終えて、体をやすめたいと旅館の人は思うでしょう。
Posted by よし男 at 2009年09月25日 23:14
こんにちは

私は国分寺の後、朝倉に行きたい所があり、へんろ道から外れました。
行きかう人に「道を間違えてる」と声をかけられて
そのたび「○○に行きますので」と答えると不思議そうな顔をされたり
なるほど、そうだったのか、というような顔をされたり
丹原町に入って、休憩をかねて残りのおにぎりを食べました。

今から向かう横峰寺のある山が、大きな獣のように夕闇のなかに
黒いシルエットを作っていて、山頂付近の何かの明かりがその獣の目が
光っているように見えました。

真っ暗な道を丹生川の駅に向かって歩いていて
工事中のところで転びそうになりました。
Posted by まねき猫 at 2009年09月26日 11:32
◆よし男様
>特徴ある建造物としては頭上にある「しまなみ海道」の高架道路。

そんなに特徴ありましたっけ、、? 地図で確認すると、54番延命寺を出てすぐぐらいですよね。う〜ん、覚えてない。(汗)

>とはいえ南光坊は今治市のド真ん中にあるので忘れ難いと思うのですが?

ハハハ、それがですね、、ハハハ、、ハハ、、・・・(大汗)

>しかし敷島旅館の予約がよく取れましたね、大晦日なのに。

そうなんですよ。ホント助かりました。
でも本文記事には書きませんでしたけど、、、、実は、、、女将さんの応対が、、、、かなり、、、いやちょっと、、、迷惑そうな、、、感じでした。
なんちゅうても大晦日当日に突然の予約ですからねぇ。なんでこんな時期にって思われてたかもしれません。
でも一宿一飯の恩義。ただただ感謝でございました。
Posted by こうへい at 2009年09月26日 18:08
◆まねき猫様
>私は国分寺の後、朝倉に行きたい所があり、へんろ道から外れました。

ハハァ〜ン、こりゃ朝倉に何かありますね、何かが、、、フフフ。(^/^)
・・・って、すみません。また悪ふざけてしまいました。

でもですね、
>「○○に行きますので」と答えると不思議そうな顔をされたりなるほど、そうだったのか、というような顔をされたり

不思議に思われたり、逆に納得もされたりするような場所とは、、、、いったいどこなんでしょうか。
、、、う〜ん、謎ですなぁ、、、。

Posted by こうへい at 2009年09月26日 18:21
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