もう足が棒のようになっている。さすがにキツイ。ふぅ〜。しかし何が嬉しくてまたこの坂道を登らにゃならんのだ、チクショーめ。
だが、そんなことをボヤいたところで仕方がない。自分が悪いのだ。そしてグッタリしながらもなんとか最後の石段を登り切り、本堂にたどり着いた。ハァ、しんど。
さて海側に下りていく山道はどこだろう。普通なら自分でウロウロしながら探すところだが、そのときほぼ精魂尽き果てかけていた私には、そんな元気はなかった。
ちょうど目の前をこの太山寺の若いお坊さんらしい人が通りかかったので、すぐさま山道のことを訊ねた。お坊さんは「あぁ、それなら、、」と丁寧にその方向を教えてくれた。ありがたい。
そして無事裏手の山道を見つけ、そこから少しだがまたヨタリヨタリと登っていく。そして二手に分かれた道を右に折れ、今度は一気に下っていく。
この頃に前後して、少しポツポツ雨が降ってきた。が、ポンチョを着るほどではない。やがて前方には、広がる海とフェリー乗り場が見えてきた。ハァ、もう少しだ。頑張れ。頑張れ。
やがて何とか山を下りきり、海沿いの県道に出た。少し行くと小富士旅館の看板も目に入った。あそこだ。ヤッター。
そして無事小富士旅館に到着。あぁ着いた。やっと着いたよ。女将さんの出迎えを受けて、ホッと一息つく。そのとき女将さんに話しかけられた。
「山から下りてくるときに迷いませんでした?」
「え?、、いや迷いませんでしたよ。」
「そう、それはヨカッタね。でも迷う人がけっこういてね、、、。」
「へぇ、そうなんですか。」
「途中、分かれ道があったでしょ?」
「あぁそうゆうたら2つに分かれたとこがありましたけど。」
「そこなのよ。標識がないからねぇ。」
「えぇ? 標識、ありましたよ。」
「えっ!本当!」
なんだかよくわからなかったが、とにかくその二手に分かれる道で、違う方向へ下りていく人が多いとのことだった。ただそこの標識は地名だけが書かれていて、地元の人ならいざ知らず、その地名に馴染みのない人にとっては、確かにどっちへ行けばいいのかわかりにくいものではあったように思う。
で、私はそのときどう判断したのか。それは恥ずかしながら、単なる勘であった。まぁこっちだろう、、、みたいな、、、。
でも今思えば、よくスンナリと山から下りてこれたものである。あそこでもし間違えていたら、それこそリュックから何から放り投げて発狂していたかもしれない。それほど私は疲れていたのである。
その後、案内された部屋に入り、壁にもたれて座り込む。そしてハァ疲れたと、首をグッタリ前に折り、しばしの休息。やがて風呂に入り、それから夕食。
この頃になると、なんとか疲れも和らいできた。夕食後、部屋に戻ってすぐさまふとんを敷いて寝っ転がる。そして同行二人の地図を開いた。
しかし今日はよく頑張ったなぁ。ホントよく頑張った。最後はかなりラッキーだったが、なんとか納経には間に合った。とにかくヨカッタ。
さて翌日は今回の区切り打ちの最終日である。どこまで行こうか。いろいろ行程を考え始めた。
もし今日、道後温泉に泊まっていたら、翌日は52番太山寺、そして53番円明寺(えんみょうじ)を打ったあと、最寄りのJR伊予和気(いよわけ)駅から松山に出て、昼過ぎJR松山駅発の高速バスで帰阪の予定だった。
が、今日なんとか太山寺まで打てた。取り敢えず明日は次の円明寺を打った後、行けるところまで行ってみよう。
幸い、円明寺から向こうはへんろ道沿いにずっとJRが走っている。適当なところまで行って、そこからJRで松山に出ればいい。さてどのへんを目安にしようか。
この小富士旅館から53番円明寺までは、、、、っと、う〜ん、またあの山道登っていくのもシンドイし、海岸沿いをブラブラ行こうか。まぁ円明寺までは約3kmぐらいだし、そのあと、そうだなぁ、約10km先の伊予北条辺りまで行けたらいいか。ヨシッ、そうしよう。決定!。
パタッと地図を閉じ、静かに目を閉じる。そして疲れていた私はそのまま深い眠りに落ちていった。
しかしこのときの私は、自分が大きな勘違いをしていることにまったく気づいていなかったのである。
2009年08月27日
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安心感はあります。(^▽^)もう暗かったでしょう?峠を過ぎると西日がまだ見えました?
こんなとき、寝袋で野宿しようとしても、傾斜地では心地よくありません。それに藪の中は、
もしかして先行する人が人目をはばかって置き去りにした「やわらかいもの」があるかも
知れないと思うとうかつにテントを張れません。よい場所を苦労して探すくらいだったら
民宿へ急ぎます。
足が棒になったときは、下りが特に危険ですね。しかしここは小富士旅館までの山道は
旧へんろ道にしては先がないような・・・・?
>もう暗かったでしょう?峠を過ぎると西日がまだ見えました?
西日が見えたかどうだか・・・。かなり疲れてたのか、よく覚えとりません。
ただ眼下に広がる瀬戸内海の海とフェリー乗り場はよく見えました。
・・・ですから、そんなに暗くは感じなかったように思います。
>しかしここは小富士旅館までの山道は旧へんろ道にしては先がないような・・・・?
そうなんですよねぇ。実は先がなくて、ちょっと大変だったんすよ。
しかし小富士旅館までの山道は、、旧へんろ道、、だったんでしょうか。あれは単なる海側に下りるための山道だったように思います。
標識もアノ赤文字のへんろ札じゃなかったですしネ・・・。
それにしては、へんろみち保存協会の地図には明瞭に赤点線「・・・・」
の”歩行だけのへんろ道”の表示がありますね。
昔は海岸まで出ないと宿がなかったとかで、標準的なルートとなって
いたのでしょうかねぇ?
>それにしては、へんろみち保存協会の地図には明瞭に赤点線「・・・・」
の”歩行だけのへんろ道”の表示がありますね。
確かにそうなんですけど、次の円明寺への道としてはまったく逆方向ですからねぇ。
その道にアノお馴染みの赤いへんろ札は確かになかった(はず)なんですよ。でも記憶違いだったら、ごめんなさいです。
面白かったので改めて大山寺周辺を見ると
http://kanekoxj.fc2web.com/travel/88templ09/map.pdf
「間違えやすい分岐点」は標高130メートルの峠でしょうか。もしそうならば、間違えても下りきってから、水平な道を約500メートルですから、「リュックから何から放り投げて発狂」せずに済んだでしょう。
同じく、地図から読み取れるのは「海岸沿いをブラブラ行」と随分遠回りになるようです。登りをどうしても避けたければ、高浜トンネルを通ることになりそうですが、高々130メートルの峠越えは疲れていない朝一番には簡単だったのでは?
いらっしゃいませ。お久しぶりでございます。
>「間違えやすい分岐点」は標高130メートルの峠でしょうか。もしそうならば、間違えても下りきってから、水平な道を約500メートルですから、「リュックから何から放り投げて発狂」せずに済んだでしょう。
そうなんですが、下りてから500メートルっつぅのもねぇ、、水平な道とは言え、そのときの私にゃキツイ道のりだったと思います。
>同じく、地図から読み取れるのは「海岸沿いをブラブラ行」と随分遠回りになるようです。
ザッツ、ライト! その通り! それに気づいてなかったんでございます。(お恥ずかしい〜!)
>高々130メートルの峠越えは疲れていない朝一番には簡単だったのでは?
それがですね、そのときの私は100メートルだろうが50メートルだろうが、もう坂道は登りたくねぇって思ってましてね、、。
たかが130メートル、されど130メートル、とでも言いましょうか。
とにかくアノ時の疲れは尋常じゃなかったんですよ。でもスーパー健脚なネコさんにとっちゃ、まだまだ楽な行程だったかもしれませんなぁ・・・。
私にゃめちゃくちゃキツかったっす。
>国土地理院の地図へ転記して使っています。
「国土地理院の地図」には細かい道も表示してあるのでしょうか?
私は最近細かい道も表示してある「昭文社 都市地図」を携帯して
います。しかし10日に及ぶ歩きでは4〜5冊ほど必要になってしまいます。
500メートル: 歩いていると地図を描いたヤツは地図上で直線を測った
のではないか?と思うほど実際には長い距離に思えることがあります。
所要時間も車での時間ではないか?と疑念を持つことがありあます。