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2009年07月12日

四国へんろ【128】 クサい思い出

JR予讃線の踏切を渡り、内子の町に入った。時刻は8時30分頃。町並みを少し歩いていると、左手に「内子座」の標識があった。おっ、内子座か、ちょっと外観だけでも見ておこうかということで、私は道を左に折れた。

少し奥まったところに内子座はあった。内子座は、もともと歌舞伎劇場として大正時代の初期に建てられたなかなかに歴史ある建物である。しかしお世辞にも都会とは言えないこの内子の町に、当時としてはかなり都会的な娯楽施設をよく建てたものだなと思った。
表玄関の壁には、なにやらポスターも貼られてあった。今でも劇場として活躍しているのだろうか。しかしチケット売り場の窓口とかがどうなっていたかは、ちょっと覚えていない。

内子座をあとにして再びへんろ道に戻った。その後少し行くと、右手に公園のような広場とそのなかにへんろ小屋みたいなものが見えた。取り敢えずここでまた一息入れようとへんろ小屋に入る。

私が休んでいると、あとから2人組みの歩きへんろさんも休憩にやってきた。年配ではあったが、2人とも女性だった。女性の歩きへんろさんはなかなかに珍しい。ここで2人といろいろ話した情景は記憶にあるのだが、その内容がちょっと思い出せない。どうもこの辺の記憶は薄いようである。

そして2人より先に発ち、やがて内子の町を出た。ここからへんろ道は国道379号線に入っていく。右手には小田川という川が流れていて、その川からの風が心地よく、五月晴れのもと、足の運びも快調になってきた。

やがて長岡山トンネルに差しかかる。それほど長くもないトンネルだったので、少し早足で一気に通り抜けた。その通り抜けたすぐ左手に「お遍路無料宿」なる建物があった。扉は木製の引き戸になっていて、閉まっていたのでそのまま通り過ぎようとしたのだが、なぜか気になって立ち止まり、何気にその木製の引き戸に手をかけた。すると、スーッという感じで扉は開いた。

なかを覗いてみるとまぁまぁの広さがあり、土間とたたみ座敷だけの簡素なものではあった。とは言え、毎日テントを張りながら歩いている野宿へんろさんからすれば、天国のようなところだろう。
そして誰もいなかったのをよいことに、休憩ついでにちょっとということで、リュックを下ろしてたたみ座敷に寝転んでみた。う〜ん、何とも気持ちがイイ。そしてウトウトしかけてハッと起き上がる。やばいやばい、あやうく寝入ってしまうところだった。

その後も小田川沿いの国道を快調にてくてく歩いていく。やがて昼も近づき腹も減ってきた。昼食は途中のコンビニで調達済みである。さてどこで食べようか。

しばらくして左手にお堂のような祠のようなよく覚えていないが、そんな小さな建物があった。少しの縁側とひさしもあり、ここなら日陰になって座れるなとということで腰を下ろした。

そしておにぎりを出そうとしたのが、、、ん?、、なんだ、このにおいは、、?? やたらと、、、におうぞ、、、それも、、、小便臭い、、、ううっ、、、クッサー、、、。

まぁこれぐらいなら何とか我慢できるか、、、。せっかく座れるところを見つけたんだし、取り敢えずメシだ。ということで、おにぎりのパックを開く。しかし、やはり臭い。しかめっ面をしながらおにぎりをほうばる。だが、、、そのニオイのせいでぜんぜんうまくない。いや、うまくないだけでなく、のどの奥から逆流してきそうだった。ううっ、オエ〜ッ、、、。

こりゃタマランぞということで、食べかけのおにぎりを持ったまま歩き出した。そしてお茶を飲みつつ、胃の中の気持ち悪さを必死に抑える。ハァ、マイッタなぁ・・・。

しばらくして何とか落ちついてはきた。そしてややゲッソリ加減になりながら、改めて昼食場所を探す。が、この辺はへんろ小屋もなく、適当な場所も見当たらなかった。

トボトボ歩いていると、やがて「民宿来楽苦」の看板が見えてきた。その前の川沿いの道であるが、見るとちょうど川べりに降りていけるところがあって、川の流れるすぐ側になんとか座れるところもあった。

ヨシッ、ここで食べようか。小田川からのさわやかな風を感じながら、おにぎりをほうばる。しかし先ほどの小便臭さがまだ鼻やのどの奥になんとなく残っている感じがして、その味はいまひとつだった。



posted by こうへい at 03:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
内子座は楽しみにしているところです。以前、琴平の金比羅宮の歌舞伎金丸座の建物をじっくり見ることができました。江戸・京からすれば遠隔地に歌舞伎の舞台が設置されたのはなぜでしょうね。日本各地にもあったのでしょうか? 変化の激しい中央から隔離されていたから維持される雰囲気があったのでしょうか。
「お遍路無料宿」なる建物、畳があれば立派なものです。メモしておきましょう!! お堂のような祠のような建物は、雨宿りをした者が、そのままそこで下降放物線を描いたのではないでしょうか? ペットボトルに水を入れて置くと嫌ってしなくなるかも知れません!
Posted by よし男 at 2009年07月14日 23:56
◆よし男様
内子座ですが、街道沿いからヒョイと内側に入った何の変哲もない奥まったところにデ〜ンとあるんですよ。
その周りや並びにはお店らしいようなものもなく、ただ内子座だけがあるって感じですかね。
なんでまたこんなところにってホント不思議に思いました。
その真相の解明のほう、よろしくお願いいたします。f(^o^:;)

あのお堂のような祠のような建物はあんまり思い出したくないですねぇ。(汗)
なんであんなに臭かったんだろう??? でもとても人間が下降放物線を描いたとは思えないですけどねぇ、、、。
今頃気づいたんですけど、あのお堂は民宿来楽苦の手前にある「楽水大師」だったかもしれないなぁと思いました。
今度行かれたら、においを確かめてみてください。(違ってたらゴメンナサイです。)
Posted by こうへい at 2009年07月15日 00:39
やっと今回5月、私も内子座に寄ることができました。なんと開場9:00を待たず入れてくれました。重いリュックは事務所に置いて。もう30分以上独占状態でした。升席の床そのものが傾斜しているのも発見でした。奈落、2階席、せり出しなどもじっくり見ることができました。入場料が他の博物館などと共通券で3百数十円と、びっくりする安さでした。ほんとうに、ドいなかに歌舞伎座があるなんてびっくりです。文楽も公演するそうです。内子と、その先の道の駅「からり」で午前中を過ごしました。エカッタァ〜〜! なにせ清流沿いに白いテーブルがずらりと並び、ぜいたくな休憩ができました!
「お遍路無料宿」は天井が高い倉庫の半分を歩きへんろに提供しているように見えました。「宿泊は1日だけにしてください。ただし病気になった場合は3日まで・・・・」とありましたが、ていねい過ぎます。1日を越える宿泊は禁止いたします、で充分でしょう。
Posted by よし男 at 2010年06月02日 21:40
◆よし男様
なんと内子座で観劇されたとは、、、。しかし3百数十円は安いですねぇ。いったいどんな芝居が上演されてたんでしょうか。

>ただし病気になった場合は3日まで・・・・

そうそう、そんな案内書きがあったのは覚えてます。まぁでもいいじゃないですか。体調悪いのに一日で出て行けというのも酷でしょうし。そこの持ち主さんの優しさが感じられて私はイイなぁと思いましたけどねぇ、、、。
Posted by こうへい at 2010年06月04日 22:59
>なんと内子座で観劇されたとは
違うのです! 感激はしたのですが、あくまでも施設の見学です。
Posted by よし男 at 2010年06月05日 01:30
◆よし男様
へぇ〜、中に入れたんですか!
私が行ったときは・・・どうだったかなぁ。入れたんだろうか、、、う〜ん。
Posted by こうへい at 2010年06月06日 21:55
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