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2009年05月18日

四国へんろ【110】 コンチクショーめ!!

松尾峠に続く山道をてくてく歩く。ダラダラ坂なのでけっこうラクだ。天気も昨日とは打って変わった快晴で、なんともすがすがしい気分である。

やがて「子安地蔵」を示すお馴染みの赤いへんろ標識が見えてきた。この子安地蔵は通夜堂にもなっているようだ。ということは、当然ゆっくり休憩できるだけのスペースもあるだろう。そろそろ休憩を入れたいところだったので、私はその標識に従って、山道を右に折れた。

少し奥まって入っていったところに通夜堂があった。時刻は10時頃だったろうか。扉を開けて中に入る。その中の光景がちょっと記憶に薄くてよく思い出せないのだが、奥の中央にお地蔵様が祀られていて、その手前は6畳ぐらいの土間だったような・・・。ただ雨風はじゅうぶんしのげるので、野宿するには最適な場所だろうなと思った。ここでしばらくの小休止。

通夜堂を出て、再び山道に入った。この辺りから少しづつ傾斜がキツクなってきた。ヒーヒーハーハーと息を切らせながら山道を上っていく。

どれくらい山道を上っていっただろうか。辺りが文旦だらけになってきた。へんろ道は、どうやらこの文旦の畑の間をすり抜けていくようである。

だが、なんとなく様子が変だ。ホントにこの道でいいんだろうか。そう言えば、先ほどからへんろ道を示す赤い札や短冊が見当たらなくなっていた。少々不安な面持ちのまま、文旦の間をすり抜けていく。

しかしやはり不安は的中した。しばらくして行き止まってしまったのだ。ヤベぇ〜。

どこで間違えたんだろう。チクショー。仕方がない。取り敢えず戻ろうか。少し戻ったが、この近辺にはいくつかの細い道が枝葉のように分かれていた。

そのそれぞれに入っていくのだが、どれも結局行き止まり。オイオイどういうことだ。

ふと山の尾根を見上げる。峠まではそれほど遠くないようだが、近くもなさそうだった。しかしチクショーめ、伊予の国までもう少しなのに・・・。ひとりブツブツ愚痴りながら辺りをキョロキョロ見渡す。

ここまでは確かに道があり、この文旦の畑も人の手で作られたものには違いない。誰かが近くにいてくれないだろうか。しかし何と言っても今日は正月の3日である。さすがに人の気配はいっさい感じられなかった。

仕方なく来た道を少し戻り始めた。どこで間違えたんだろう・・・。いったいどこで・・・。

戻る道は下り坂。あ〜あ、せっかく登ってきたのにまた下りるのか。チクショーめ!。悶々としながらトボトボと山道を下っていく。

しかし私はあることを思い出してふと立ち止まった。それは31番竹林寺へ向かっているときのことだった。

そうだ!。あのときも植物園の中で間違えたかと思ったが、その中をすり抜けた奥にへんろ道が続いていたのだ。植物園と文旦の畑。周りの風景は決して同じではないが、状況が似ていないこともない。同じ山の中じゃないか。

ここもアノときと同じく、どこかにすり抜ける道があって、その奥にへんろ道を示す赤いへんろ標識があるはずだ。そうに違いない。いやそうであって欲しい。

そしてしばらく引き返した私だったが、意を決して再び先ほどの文旦の実る畑のなかに山道を上り始めたのだった。



posted by こうへい at 00:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同行二人地図には、「子安地蔵」はへんろ道から外れて記載されていますが、本当はどうだったでしょう? 明るい黄色、ほとんどレモンの黄色をした文旦は高知には小さい「小夏」と共に多く栽培されていますね。
お接待でもらっても大きいので早く食べねばお荷物になります。東京・横浜ではあまり店頭には見掛けません。皮が厚いのが嫌われるのか?高級品だけデパートで売っているのか?

このような迷路こそ事前に知っておきたい情報です! 正月三が日に果樹園で働く人もいないでしょうに!さあて、どうなるかな?
(ドキドキドキドキ)
Posted by よし男 at 2009年05月18日 01:22
◆よし男様
お早いコメントをありがとうございます。
子安地蔵は、同行二人の地図では確かにへんろ道からちょっと離れたところに記載されてますね。
でもですね、本文にもサラ〜っと書きましたが、へんろ道からそんなに離れてなかったですよ。へんろ道からものの5分もかかったか、かからなかったか、そんな感じだったように思います。
よし男さんは野宿主体でまわられてるんですよね。子安地蔵は雨風もしのげてバッチグーだと思いますよ。ただ山の中なので夜は辺り真っ暗で人気もなく、ちょっと不気味かもしれません。
、、、、てなこと言ってたら野宿なんかできませんかね。(笑)

さあて、このあとどうなりますことやら・・・。
Posted by こうへい at 2009年05月18日 01:44
野宿には多数の鈴を鳴子として使います。人体を検知する赤外線探知器を試したこともありますが、外灯などにも反応してうまくいかないです。それに日が暮れたら直ぐに長い仮眠に入るのです。起きているような寝ているような状態で、しかし12時間近く。 必要なら料理タイマーで1時間ごとに起きて。イノシシが匂いを嗅ぎ付けてくるので、食料はポリ袋で完全密閉しておく。
Posted by よし男 at 2009年05月18日 12:05
◆よし男様
なるほど、野宿となるといろいろ大変なんですねぇ。
私にゃゼッタイできません。、、、というか、やりまへん。(キッパリ)
Posted by こうへい at 2009年05月18日 20:52
夕方、もう峠の入口近くで、子安堂宿泊を勧められたのですが、注意していても遍路標識を見落としてしまい、結局峠頂上の松尾大師(跡)で宿泊しました。しかしお堂に泊まれなくても一人用テントなら15〜20も設置できる広い空き地がありましたね。 このお堂、太めの樹を1本保護するように堂内に斜めの柱状のものが走っていました。朝はお堂周りをかなり清掃して去りました。
Posted by よし男 at 2010年06月20日 11:08
◆よし男様
松雄峠ってそんなに広かったですかねぇ。もひとつよく覚えてないなぁ。
しかしあんな山のてっぺんで野宿、、それも一人で、、ですよね。
私にゃ到底できませんです、ハイ。
Posted by こうへい at 2010年06月25日 22:20
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