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2009年03月29日

四国へんろ【99】 足摺岬への道Final そして見たものは・・・

以布利(いぶり)港のへんろ小屋をあとにして、一路足摺岬目指して歩き始める。ここから足摺岬までは、あと10kmちょっとというところ。今日は夜中の3時頃から歩き始め、もう30km以上歩いてきている。しかし足の痛みも疲れも、それほどキツいとは感じていなかった。

県道27号線をてくてく歩いていると、確かこの近辺からだったろうか、不思議に思った道標がいくつも立っていることに気がついた。それは「あしづり遍路道」と書かれた道標だった。これがときに山側へ上っていくほうにあったり、海側へ下っていくほうにもあったり・・・。

あしづり遍路道か、、、。何だろう、これは、、、。地図を開いて確認するが、足摺岬への道は、この県道27号線一本道のはず。この道標が示すようなへんろ道は、地図には記載されていない。そもそもあのお馴染みの赤いへんろ標識とは違うものだ。

このあしずり遍路道を行っても、足摺岬へはたどり着けるのだろうか。試しにちょっと歩いてみようか。そう思って、私は海側へ降りていく「あしづり遍路道」のひとつに入っていった。

しかしなんだか妙な不安を感じる。少し行くと、、、、ん?、、、あれっ?、、、これって行き止まり?、、、みたいな感じになってきた。
大丈夫なのか、この道は、、??。しかしこんなところで変に迷っては、時間のロスになってしまうだけだ。余計なことはやめておこう。

ということで、結局早々に引き返し、県道27号線に戻った。それからは、進む先々で何度も目にするその道標を横目に、ひたすら県道27号線を足摺岬目指して歩き続けた。

しばらくして右手におへんろさん休憩所があったので立ち寄ってみた。この休憩所も無料で寝泊りできる善根宿(ぜんこんやど)のようになっていて、数人分の布団なども置かれていた。なかにひとり男性がいたのだが、この人が管理人さんなのだろうか。

取り合えずその男性の言われるままに、セルフサービスで熱いお茶をいただいて一息入れさせていただく。屋内をぐるっと見渡すと、ここでお世話になったであろうおへんろさんの納め札が、壁一面から柱に至るまでビッシリと貼りめぐらされていた。

なかにいる男性とは特に言葉を交わすこともなく、静かな時が流れていく。そして、さて私もそろそろ行こうかと納め札を書き、どこかへ貼らせてもらおうとしたのだが、そのスペースがほとんどない。どうしようかと、なかの男性に尋ねると、

「あぁ、それ、テーブルの上に置いといて。ここの人が戻ってきたら、どこかに貼ってくれるから。」

なんだ、この人は管理人じゃなかったのか。しかし歩きへんろさんのようにも見えないのだが・・・う〜ん、わけわからん人だ。

取り合えず、また男性の言われるままに納め札をテーブルの上に置き、お礼を言って休憩所を出た。

それからもまたひとり黙々と歩き続ける。そしてどれくらい歩いただろうか、やがて前方に「足摺岬 2km」の道路標識が見えてきた。

おぉ、あと2kmか。この長い長い行程も、あと30分もすれば終焉を迎える。そう考えると、思わず顔がニンマリとほころんだ。そして時計をみると、16時過ぎ。、、、、えっ?、、、まさか、、、このまま行けば、17時の納経時間に間に合うじゃないか。
思わぬ快調なペースで歩いてきたことにビックリ驚く。何しろ予定では、翌日の1月1日元旦に、38番金剛福寺を参拝するつもりでいたのだから・・・。

少しして、前方にたくさんの観光客が行き来する様子が見えてきた。おぉ、ついに来たか、、、、。思わず胸が高鳴ってきた。そして迎えた感動のゴール。足摺岬に無事到着である。

すぐ目の前に大きな銅像が立っていた。誰の銅像だろう。近づいてみると、ジョン万次郎像だった。あぁ、やっと着いたぞ、足摺岬、、。ジョン万次郎像を見上げながら、ひとり感慨にふける。37番岩本寺からここまで80.7km。そして今日歩いてきた距離は約45km。よくやったな。よくぞここまで来たもんだ。

その後だが、ふとまわりの観光客の異様な流れに気がついた。というのも、多くの観光客がゾロゾロと群れをなして、岬の展望台のほうへ向かっていたのである。

何だろう? いったい何があるというのだ。私は思わず引っ張られるようにそのゾロゾロした流れについていった。

展望台まで来ると、そこはまさしく黒山の人だかりだった。そして何があるのか気になって、ひとりの観光客に声をかけた。

「すみません。いったい何があるんですか?」
「あぁ、ちょうど今、日が沈むとこなんですよ。」
「え?、、日の入り?」

私は思わず人混みのなかに分け入って、皆が顔を向ける方向に視線を送った。そこには今まさに西の空へ沈みゆく神々しいまでの日の光があった。

             DVC00004_M.jpg

あぁ、2006年が暮れていくんだなぁ・・・。そのとき私の脳裏には、今年一年に起きた様々な出来事が、走馬灯のように駆け巡った。そして沈みゆく日の光を見つめながら、ふとこの6月に亡くなったKさんのことを思い出す。

そもそもあの悲しい事故が、私のこの四国歩きへんろへ出るきっかけとなったのだ。Kさんは天国から見守ってくれているだろうか。無事ここ足摺岬まで来ましたよ、Kさん。まだまだ先は長いけれど、必ず結願しますから。最後まで見守っていてください。ありがとう、Kさん。そしてどうぞ安らかに・・・。

私はただただ一心に手を合わせた。そして2006年最後の夕日は、まもなくして西の空へとその姿を消したのであった。


posted by こうへい at 14:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今もって、どこまでが「あしずり遍路道」で、どこが「旧遍路道」か分かりません。他のへんろさんは分岐点に来ても迷うことなく27号を進んでいたようです。私は好奇心が強く、また急がなかったので右足裏の皮が剥がれていても国道を「避けて」歩きました。幸い、山中でも海が樹々を透かして見えるので迷い込むことはありませんでした。しかし休憩の後は体が修復モードに入るのか再度歩き始めると足裏がジィ〜ン〜と猛烈に痛くなり我慢して歩くと痛みが我慢できるようになるという繰り返しでした。
>右手におへんろさん休憩所があった・・
「・・・同行二人地図」で津呂そばの六角の道路名27に位置するへんろ小屋ですね。この地図には表示されてないが、有名なところだそうです。管理人でなかった男性は、管理人の息子さんか近所の人でしょう。
この入日、あまりにも美しすぎます!? 45Km歩いた後の大晦日に沈み行く夕日・・・・

歩き遍路発心の記事、読みましが、あまりにもショッキングな事件です。
Posted by よし男 at 2009年03月29日 23:07
◆よし男様
国道を避けて歩かれたということは、あの「あしずり遍路道」を行かれたんでしょうか。
なんかよくわからん道でしたね、あれは。私も時間にもっと余裕があったら、もう少し歩いてたかもしれません。なにしろあの日は強行軍でしたから。
45km、、、。これが私のおへんろでの一日最長歩行距離でした。

右手の休憩所も教えてくださってありがとうございました。
今さらですが、その位置に赤ペンで▲印を書き込んでおきました。
Posted by こうへい at 2009年03月29日 23:30
「あしずり遍路道」は保存されているだけで、実用的ではないように思います。
私は山や林の中を歩くようにしました。つぎの札所で今回の区切り打ちは終わりだという余裕というか、最後の苦行のつもりで。例えばジョン万次郎の像近くになった切り通し道の右側にも遍路道があったりして、入って歩くと、また27号線に戻ってしまうという具合でした。落葉が積もっていたので、使われていないように感じました。あの遍路小屋は1級の施設ですよ。たまに入湯できることもあるそうです。
Posted by よし男 at 2009年03月31日 00:17
◆よし男様
あの「あしずり遍路道」は、誰が設定したというか、管理してるんでしょうね。たぶん自治体かな。へんろ道保存協力会さんじゃないことは確かですよね。
まぁでも実用的ではないにしろ、時間のあるときにはちょっと歩いてみたいかなという気持ちは持ってます。
Posted by こうへい at 2009年03月31日 01:46
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