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2009年03月12日

四国へんろ【94】 足摺岬への道 その1

2006年12月30日(土)

これより目指す足摺岬に、次の札所38番金剛福寺がある。その距離は、37番岩本寺から実に80.7q。これまでの、というか、この四国へんろ中における札所間の最長区間である。

この区間を、私は2日間で歩き切る予定を立てた。一日平均40kmの長〜い道のりではあるが、そうすることで、足摺岬で初日の出を拝むことができるのである。

決して歩けない距離じゃない。確かにこの2日間は厳しいかもしれないけれど、その後は比較的ゆっくりペースを考えていて、少々予定が狂っても構わない。

しかし足摺岬で初日の出というプランは譲れない。何としても2日間で辿りつきたい・・・。

そんな思いを胸に、寒風吹きすさぶ国道56号線をてくてく歩く。やがて56号線を離れて山道のへんろ道に入る。そして市瀬遍路橋を渡り、再び56号線に合流する頃にはすっかり夜も明けていた。時刻は8時頃。

しばらく行くと、「拳(けん)」の「川」と書いて、「拳ノ川(こぶしのかわ)」という地区に入った。拳ノ川とはまたイカツイ名前だなと思いつつ歩いていると、前方に大きなリュックを背負った歩きへんろさんが見えてきた。ほどなくして追いつき、横に並んで声をかける。その歩きへんろさんの顔を見ると、イカツサとは遠く離れた、なんとも華奢なヒ弱そうな若者だった。

すぐ近くにへんろ小屋があったので、2人でいっしょに休憩することにした。その青年との会話の記憶は、かなり薄くてよく覚えていないのだが、確か仕事を辞めて通し打ちしているようなことを言っていた。いわゆる「自分探し」の旅をしているようだった。

その後またいっしょにへんろ小屋を出て歩き出す。その青年は、リュックが大きくて重そうなのもあるのだろうか、その歩みはやや遅い。最初はペースを合わせていた私も、先を急がなければの思いが立って、徐々に徐々にその青年との距離は離れていった。

それからは特に別の歩きへんろさんを見かけたわけでもなく、これといった出来事もなく、黙々とひとり歩き続けた。

そして夕暮れ近くになり、土佐上川口(とさかみかわぐち)まで来たときに、右手にお接待所があったのでフラっと入ってみた。そこはいわゆる無料で泊まれる善根宿(ぜんこんやど)なのだろうか、数名が寝泊りできるようになっていた。そして若いお兄さんに暖かいお茶をお接待してもらい、ありがたくいただく。

そのお接待所を出てしばらく行くと、前方に「道の駅 ビオスおおがた」という看板が見えてきた。
ヨシッ、あそこで夕食を仕入れようと立ち寄った。というのも、今日泊まる宿は、ネストウエストガーデン土佐。ここは値段が少々お高めの宿で、一泊朝食付はあっても、なぜか一泊二食のプランがなかった。そのための夕食仕入れだったのである。

それからへんろ道は広〜い公園のような敷地の中を抜けていく。宿までも2km弱ほどだ。その途中に珍しく馬小屋があった。そしてその塀には「マチカネフクキタル」のほか、中央競馬(JRA)で疾走した競走馬の名前がいくつかあった。

えっ! ここにマチカネフクキタルがいるのか!

最近、競馬とはご無沙汰であるが、かつては週末ごとに馬券を買っていた私である。マチカネフクキタルといえば、かつての菊花賞馬。そのレースも観ていたし、その馬名を知らないわけがなかった。

思わず胸が躍り、馬小屋に近づいて必死に中を覗き込む。もちろん、中に入れるわけはなく、小屋のまわりを右へ左へ何度も移動。そして、なんとか小屋の奥の小さな敷地に一頭のサラブレッドらしき馬が見えた。が、その馬は芦毛(あしげ)の馬で、明らかにマチカネフクキタルではなかった。ちょっとガックリ・・・。

まだ17時だというのに、どっぷりと日が暮れて辺りは薄暗くなってきた。マチカネフクキタルはあきらめて、宿に急ごう。そして歩いていると、ますます辺りは暗くなり、寒さも増してきた。懐中電灯を取り出し、足早に歩く。

少しして、だだっ広い平原のようなところに本日の宿らしき建物が見えてきた。そして17時30分過ぎ、無事チェックイン。本日の歩行距離約35q。昨夜はほとんど寝ていないなかで、よく歩いてきたものだ。
入浴後、缶ビール片手に買ってきた弁当で夕食。そしてお腹も膨らみ、程よいビールの酔い加減に、眠気が一気に襲ってきた。もうバタンキューであった・・・ZZZ。


posted by こうへい at 02:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「拳(こぶし)の川」 とは、近くにある 「荷稲(かいな)」 と関係ある名前ではないかと思いました。
「荷稲」 は当て字で、本当は 「腕(かいな)」 ではないか?  「腕」 と 「拳」。 呼応するでしょう? あるいはその逆で 「こぶし」 に 「かいな」 を呼応するようにしたのか? 菊花賞馬が四国で引退生活するかなあ。普通北海道だと思うのですが。本当のところはどうだろう?
長い距離の土佐路でも、部分地図を頼りに歩くと、気が遠くなりませんが、自分が四国のどこらへんを歩いているのか分からなくなりませんか? 35Kmとはずいぶん歩きましたね。
このあたりも、海浜は水泳には適さないようで、水泳禁止の立て札がありましたね。
さて明日は、どのコースを採るのかな?
Posted by よし男 at 2009年03月13日 00:09
◆よし男様
「こぶし」と「かいな」ですか。なるほどねぇ。
もしかしたらその解釈、、、、、   あると思います!。(吟じる風に)

>菊花賞馬が四国で引退生活するかなあ。普通北海道だと思うのですが。

その通りですが、なぜあそこにマチカネフクキタルの名前があったのか、いまだに不思議なんですよ。
もしかしたらその馬主さんの土地だったのかも・・・。
でも実際にマチカネがいたかどうかは不明でございます。

>自分が四国のどこらへんを歩いているのか分からなくなりませんか?

そうなんですけど、歩いている当時、自分は今どのへんを歩いてるんだろうかとかあんまり考えたことないんですよね、私。
それどころか、このブログを書きながら四国の全体図を見て、「あぁあの時、このへんを歩いてたのか、、、へぇ〜。」って思ったりしてます。(笑) 
Posted by こうへい at 2009年03月13日 22:01
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