納経印とは本来、参拝したあとにいただくものである。が、ギリギリに到着して参拝している間に納経所が閉まってしまっては元も子もない。取り敢えず今回は許していただこう。お大師さま、ごめんなさい。
納経所を出て、本堂へ続く長い石段を上がり、本堂そして大師堂をゆっくり参拝する。
空を見上げると、雲はまだぶ厚いけれど、しっかり泣き止んでくれている。そして境内からは、雄大な太平洋が一望できた。その素晴らしい景色を堪能しながら、ここまでの道のりをゆっくり回想する。
しかしよく間に合ったものだった。あのうどん屋であの夫婦(特に女性)と出会わなければ、今この時間に、絶対ココにはいなかっただろう。あの夫婦には、本当に感謝、感謝である。
そうだ。あの夫婦もココ神峰寺に向かっているはずである。果たして納経時間までに間に合ったのだろうか。もう着いているかもしれない。あの夫婦を探して御礼を言おう。そう思って、境内の中をキョロキョロしながら石段を下りていった。
そして石段を下りると、少し向うにあの女性の姿が見えた。近づくと、女性も私に気づき、にこやかな笑顔を向けてくれた。そして無事納経に間に合ったことを告げ、心からの感謝の言葉を述べた。
その女性のほうであるが、たった今ココに着いたところで、彼女自身は納経時間に間に合わなかったらしい。が、ご主人のほうが彼女の納経帳も持って先に歩き、それこそギリギリのギリギリで納経に間に合ってくれたとのことだった。(なるほど、その手があったのか・・・。)
そして夫婦が本堂への参拝に石段を上っていくのを見送る。
その石段の脇に「神峰の水」と言われる湧き水が流れ落ちていた。どうやら名水のひとつのようである。せっかくなのでグイグイ飲んでみたかったが、吉方で来ているわけでもなし、、、、ということで我慢してしまった。「氣学」を実践している悲しい性(さが)ではあるのだが・・・。
しかし、ココに名水があることはしっかり頭の中にインプットできた。また吉方位でココへ来たときに、いっぱい飲んで、いっぱい汲んで帰ろう。
そして神峰寺をあとにして、山門を出たすぐ近くの茶店というか、みやげ物店前でしばし休憩。その後、あの山道を今度は「真っ縦」に下っていった。
この下りであるが、「真っ縦」だけにかなり危なっかしく、道がぬかるんでいたこともあって、何度もすっ転びそうになった。
その途中で、これから神峰寺へ向かおうとするひとりの若者へんろさんとすれ違った。納経時間はとっくに過ぎているというのに・・・。
少し言葉を交わしたが、その若者が言うには、もうここまで登ってきてしまったので、今さらあとには引けなくなった。納経所が閉まっていたら頼み込んでみる、とのことだった。(その若者は無事納経できただろうか・・・う〜ん。)
そしてなんとかかんとか最初の山道を降り切って車道に出た。しかし車道を横切ると、すぐにまた「真っ縦」の下りが続いている。
ここで私は、転倒する危険が大と判断して、「真っ縦」の山道を避け、車道に沿って下って行くことにした。しかし車道もかなりの急勾配である。一歩踏み出すごとに膝への衝撃が感じられる。
そこで私は身体を上下させず、いわゆる平行移動の「ピッチ走法」的な小走りで車道を駆け下りていった。このほうが歩くよりラクだったのである。
右へ左へ蛇行しながらペタペタペタペタと小走りに車道を一気に下っていく。しかしこれも危険といえば危険であった。小走りでも、勢いが徐々につくとブレーキをかけにくい。そこへ下から車が上ってきたら・・・。
ただこの車道は、あくまで神峰寺へ向かうためだけの車道である。幸い、納経時間を過ぎていることもあって、今の時間に車で上ってくる車へんろさんとすれ違うこともなく、無事なだらかになる地点まで駆け下りることができた。
やがて、ごめん・なはり線の高架下を過ぎ、「浜吉屋」に着いたのは18時頃。名物のおばあちゃんが柔和な笑顔で出迎えてくれ、グショグショになった靴を乾かすためにいっぱいの新聞紙を用意してくれた。それを一枚一枚丸めて靴の中に詰め込んだ。
風呂と夕食を終え、部屋の中でそれこそ至福のときを感じながらゆっくりとくつろぐ。そして夜遅くなると、再び雨風が強くなってきた。窓の外に目をやると、木々が大きく揺れているのが見えた。天気予報では、明日も午前中いっぱいまで天気は悪そうである。
ことによると、海岸線を走るごめん・なはり線は、台風が来たときなど雨風が非常に強まると運行休止になるらしい。が、明日はお昼頃まで歩いたあと、ごめん・なはり線に乗って高知経由で大阪へ帰らなければならない。
明日は無事ごめん・なはり線が運行してくれていますように。そう祈りながら、私は静かに眠りについた。
2009年01月05日
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私は区切り打ちを終えると次の回には苦労をすっかり忘れて、特にここ神峯寺への登り道は初日だったので、すっかり疲れ切って夕方、本堂そばにグッタリ、長い間、へたり込みました。他の参拝者に、今日はお寺の通夜堂でお泊りですか?と勘違いされました。その夜は駐車場より少し下の東屋のそばでテントを張りました。体力不相応な重量の荷物を後悔しました。 ので、忘れられない登り道です。(もっと適した野宿点は、駐車場のようです。) しかし翌日、下るとき、なんだ、こんなに短かったか?と、あっけないほどでした。
曲がりくねった道の幅方向に、さらにうねるように歩く方法は、みなさん本で知ったのか体験的に覚えたのか、けっこう、やっていますね。
神峰寺には通夜堂があるんですか? 知りませんでした。
間に合ったのは、荷物が軽かったからだと思います。
だいたいテントなんか持ってないですし・・・。
よし男さんのリュックと比べたら、屁のようなもんですよ。
私からすれば、野宿するだけの荷物を背負ってあの真っ縦を登る
ほうが、よっぽどオドロキでございます。
記述が不充分でした。通夜堂はないと思います。夕方5時過ぎになっても座り込んでいたので、他のへんろさんが通夜堂に泊まる?と勘違いしたのでしょう。
14Kgほどの荷物でしたし、自慢するためのものではありません。しかし災害時には頼れる?体力になるはずです。翌日夜、1Kg分を宅配で送り返しました。
現在は17Kgまでなら起伏の多い近所を4時間くらい歩けます。でもへんろ道は
それ以上です。登り坂が続くと、リュックが、重力をなめとんのか?オラ!オラ!とわたしをイジメます。
なるほど、そういうことですか。
しかし実のところ、通夜堂が本当にあったりして・・・。
それにしても、14sのリュックとは・・・。それであの真っ縦を
登られたんですか。いやはや恐れ入りました。
私のは、あのときは4sもなかったかも、、、。(汗)
ハハハ、、、背負ってないのと変わりませんナ。
体躯はコロコロ。疲れてよろよろ。迷ってウロウロ。
デイバッグだけで歩き、他の必要なものは宅配でつぎの宿へ
送っておく・・・そんな、身軽な歩きへんろにもあこがれます。
荷物が重すぎると、小廻りがききません。寄り道がおっくうで・・・
ムム、演歌調に、、、、島倉のお千代さんですナ。
まぁ野宿へんろとなると、なかなか荷物は軽くならんでしょうねぇ。
今度まわられるときは、身軽な格好でいかがですか?
でもきっとよし男さんなら、荷物が軽すぎて物足りねぇって思うかもしれませんね。(笑)