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2008年09月18日

四国へんろ【39】 鶴林・太龍へ その5

やがて太龍寺へ向かう本格的な上り口まで来た。太龍寺までは、残り2q足らず。それまではゆるやかな上り道だったが、ココから300m近くを一気に上ることになる。

俗に「一に焼山、二に鶴林、三に太龍」と言われるへんろころがしの道。けっこうな急坂を汗だくになりながら、金剛杖を頼りに必死に上る。

そして11時過ぎ、無事21番・太龍寺に到着。

ふぅ〜、やっと着いた。さてさて本堂は、とキョロキョロしながら境内の中を進んでいく。が、なかなか本堂にたどり着けない。
それもそのはず、ココ太龍寺は、「西の高野」と言われるように、広大な敷地を有する壮大なお寺だった。

本堂はその敷地の一番奥にあった。おかげでたどり着くまでけっこうな時間がかかり、またひとりブツブツとぼやいてしまった。(なんでこんなに遠いねん!)

そして参拝納経を終え、納経所横の売店を見てまわっていると、虚空蔵菩薩のミニチュア像があるのを発見。それを手に取ってみてみると、その表情がどれも笑顔で可愛らしかった。

虚空蔵菩薩は、ココ太龍寺のご本尊であるとともに、寅年生まれの私の守り本尊でもある。そして私は、そのミニチュア像の、なかでも飛び切り可愛く見えたひとつを気に入って購入した。
(これはのちに帰宅後、仏壇の中に置いて毎日手を合わせている)

納経所前のベンチでしばし休憩。目の前にある水道で、ひとりの若者がペットボトルに水を汲んでいる。汲み終えるやその若者は、足早に走り去っていった。

おへんろと言えば、やはり中高年のイメージが先に立つ。しかし、若い男女のおへんろさんもけっこういるものだ。特にこの日は若者の姿が目についた。そのなかに若い女性も一人いた。

自分が20代の頃は、おへんろなど思いも寄らぬことだったが、それだけ何も考えず、のほほ〜んと暮らしていたのだろう。おへんろ姿の若者を見ていると、当時の自分はホントに子供だったなぁと恥ずかしささえ覚えてくる。

そんなことを思い返しながら、しばらくの休憩後、さてそろそろ行くかと腰を上げ、私は太龍寺の山門を出た。


posted by こうへい at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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