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2008年07月21日

四国へんろ【24】 へんろころがし その4

すぐそこに焼山寺の山門があるものだと思っていたので、この坂道を見たときは、さすがにがっくり首をうなだれてしまった。

(なんやねん!着いたんやないんかい!!)

愚痴っても仕方ないことだが、つい愚痴らずにはいられなかった。
私は最後の気力を振りしぼり、険しい坂道を上り続けた。やがてアスファルトに整備された舗装道路に出た。見渡すと、周囲にはちらほらとおへんろさん以外の人影もあり、今度こそ焼山寺への参道に出たようだった。

参道に出たすぐ脇に、山からの湧き水があった。私は、吸い寄せられるようにその水場に近づき、空のペットボトルを満杯にしてゴクゴク飲んだ。ハァ、うまい。生き返った心地がする。

そして少し参道を進むと、右手に長い石段があった。見上げると、山門が見えた。
焼山寺だ。焼山寺の山門だ。やっと着いたんだ。

階段を上りきり、第12番・焼山寺と書かれた石柱と山門をじっくり見入る。
時刻はほとんど正午ジャスト。ということは、健脚並みの5時間で「へんろころがし」を制覇できたことになる。

よくやったじゃないか。思いのほかの好タイムで上り切れたことに、何とも言えない喜びと達成感が込み上げて来た。

山門をくぐり、本堂の前まで行くと、おへんろツアーの団体さんが、大勢で声を揃えて読経している。それが終わるまで、取りあえず小休止。その後、参拝・納経を終え、境内のベンチで昼食休憩。パック弁当の残りをおいしくいただく。

そして私の目の前にも男性へんろさんが2人、昼食休憩を取っている。一人は最初の水飲み場で会った、私に菅笠のヒントをくれた50代の通し打ちの男性。そしてもう一人も50代くらいの男性だった。

この2人とは、この「へんろころがし」の間、何度も抜きつ抜かれつし、途中3つの庵でも、「焼山寺で会いましょう」を合言葉に、互いの健闘を誓い合った、いわゆる「戦友」でもあった。

通し打ちの男性は、このあと近くのなべいわ荘に宿泊。そしてもう一人はここからバスで帰宅とのこと。で、私はというと・・・・・。そう、またしても宿を決めていなかった。

またあわててへんろ宿一覧表を開く。時刻はまだ13時前。ここからあとは下るだけだし、ピッチも早まるだろう。おそらく18時までにはじゅうぶん着けるはずと判断して、16kmほど先にある宿に電話を入れてみた。
しかし、携帯がつながらない。それもそのはず、ここは標高700mの地点。思い切り圏外だったのだ。

ヤバイ。あわてて納経所に駆け込んだところ、すぐ外に公衆電話があるとのこと。そして宿にTELを入れ、即、宿泊OKの返事も取れてホッとする。

やがて13時になったところで、私は腰を上げ、戦友の2人に挨拶をした。

「どうもありがとうございました。じゃ、お先に失礼します。」
「あぁ、こちらこそ・・・お元気で」「お気をつけて」

2人のにこやかな笑顔に見送られながら、私は焼山寺をあとにした。


posted by こうへい at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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