☆☆☆義援金寄付ならびに節電のお願い☆☆☆

2008年05月30日

四国へんろ【7】

1番を参り終え、山門を出て、再び一礼。進路を西に取り、第2番札所・極楽寺へ向かう。
極楽寺までは、約1.4km。ほんの15分ほど歩くと、極楽寺の朱色も鮮やかな仁王門が見えてきた。

続きを読む
posted by こうへい at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

四国へんろ【6】 誓いのノート

2006年6月11日(日)正午前。現地のバスを乗り継いで、第1番札所・霊山寺に着いた。

その歴史ある荘厳な構えと雰囲気に身も心も引き締まる。さすがに第1番札所というだけあって、参拝客も多く、白衣を着たおへんろさんの姿もけっこうあった。

取りあえず般若心経は知っていたが、それ以外なんのへんろ知識もなく、普段着のまま手ぶらでやってきた私は、境内でどうしていいかわからず、キョロキョロしていると、挙動不審に見えたのだろう、お寺の関係者らしい人に声をかけられた。

続きを読む
posted by こうへい at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

四国へんろ【5】 そして四国へ

四国は私の自宅から見て南西方位に位置する。しかも2006年は丙戌三碧木氣中宮の年で、私にとって南西方位は、大吉方位となっていた。

私は手帳を開いた。その年、南西を年月ともに吉方活用できるのは、4月節、6月節、7月節。しかも7月節は未月で月建方位にも当たる。

続きを読む
posted by こうへい at 19:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

四国へんろ【4】 へんろへの思い

Mさんはその時ショックで声が出てこなかったようで、私はすぐに上司や関係者に報告、そして救急車の手配と走り回った。

その週は警察の現場検証や事情聴取、そしてお通夜・お葬式とまったく仕事にならず、暗雲とした思いがぬぐえないまま、週末を迎えた。

続きを読む
posted by こうへい at 22:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

四国へんろ【3】 絶句・・・

私は2年前の2006年1月、とある土木関連会社に機械整備職員として中途採用され、それから翌2007年6月にその子会社へ異動してのこれまでの2年半、おかげさまで落ち着いた穏やかな日々を過ごさせていただいている。
それまでは仕事も安定せず、不安な毎日を過ごしたこともあった。が、今は上司や仕事仲間にも恵まれ、自分にとっての安住の地をやっと見つけられた思いでいっぱいである。
これも日々吉方採りを重ね、手を合わせてきたおかげかなと思っている。

続きを読む
posted by こうへい at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

四国へんろ【2】 歩きへのこだわり

さて、年月の吉方位でスタートした私の四国歩きへんろであるが、本当は、おへんろするなら「区切りうち」より「通し打ち」でやりたいと常々思っていた。ただ「通し打ち」は、前述したように、歩きで2ヶ月近くもかかる。その2ヶ月を年・月吉方位で歩き通すことが、「吉方採りとしての歩きへんろ」の理想形であろう。

続きを読む
posted by こうへい at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

四国へんろ【1】 ブログ始め

四国霊場八十八ヶ所。それは今から約1200年ほど前、弘法大師(空海)が、42歳のときに、人々の災難を除き、国の安泰と繁栄を願って、四国諸国を巡り開いたと言われる修行道場のことである。そして、そのお大師様の修行の足跡をたどる旅を、俗に「おへんろ」と言う。
続きを読む
posted by こうへい at 20:21| Comment(0) | 歩きへんろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。